岡本太郎の「生命の樹」の前方誤り訂正 (4) クロマニヨン人から先の人類進化
高さ41メートルの生命の樹を上り詰めたところで見学者を待っているのは、原始生活を送るクロマニヨン人である。40億年の生命進化の最終段階に原始生活が置かれてあるのを見て、僕は「え、どうして?」と思った。
「人類の進歩と調和」をうたい文句に、世界から最先端の技術や知識を集めて展示が行われている万博で、なぜ岡本太郎はクロマニヨン人で進化を止めているのだろうか。疑問に思った。あとで、何人かの知り合いと話したが、同じ疑問を抱いた人がいた。
人類がどうやって文明を発展させたかは今も謎
私たちは、文明社会に生まれおちてきたから、現代文明が当たり前に感じられる。それもあって、岡本太郎が、生命の進化をクロマニヨン人で止めたことに違和感をおぼえる。
でも、じゃあ、クロマニヨン人がどうやって現代人へと進化したのかについて、答えられる人はいない。クロマニヨン人から現代人への進化はミッシングリンクとなっていて、まだ誰もそれを解明していない。
僕は、人類が母音を獲得した南アフリカの洞窟を訪れて、そこから文明へとどのように進化したのかということを15年以上研究してきた。言語獲得から、どのようにして文明社会が生まれたかということについて、まだ世界のどこにも、仮説ひとつ存在していないことを知っている。岡本太郎もそれを知っていたのではないか。
だから、生命の樹の一番上まできて、「なんでクロマニヨン人のままなの?」と思った人に対して、太郎は「あなたはクロマニヨン人とどこがどう違っているか。それをわかっていますか」と問いかけたかったのだ。また、「どうして生命の樹は、現代文明まで視野に入れないの?」という人に対しては、「ここからどうやって現代文明が誕生したか、自分の頭で考えてみたまえ」と言いたかったのだ。
太陽の塔の手の中を自力で登っていきたまえ
生命の樹の展示を見終わった見学者たちの前には、太陽の塔から上に向かって伸びる手の中に、右手側はエスカレーター(今は撤去)と左手側は階段(トップ画像、今は通行禁止)がみえる。
「君たち、クロマニヨン人からどうすれば現代文明が生まれてくるか。自分の頭と足で考えてみたらいい。それがわからなかったら、君たちは文明を正しく継承し、さらに発展させることはできないんじゃないか」
太郎はそう考えていたような気がする。
現代芸術としての誤り訂正
脇の階段を下まで降りて、係員に「展示の間違いについては、大阪府のどこに電話すればよいか」を尋ねたところ、担当者の名前、所属、電話番号を書いたメモを準備してくれていた。
さっそくその場で電話して、原生動物と哺乳類の出現時期が違うことを伝えたのだが、担当者は話は聞くけれど、その先どうするかわからないという。「どうしたか連絡もらえますか」と聞いても、それもできないという。やる気を感じない。「公務員、休まず、遅れず、働かず」みたいな対応に困惑した。もし岡本太郎が生きていたら、きっと怒りを爆発させていたことだろう。
大阪府からの委託業者である会社に所属している係員に、大阪府の担当者の対応のやる気のなさを訴えると、社内会議で報告してくれると約束してくれた。太陽の塔の現場で働いているから、展示物への愛着もあるという。妻の衣装にも注目してくれていたとも言ってくれた。
「過ちて改めず、これ過ちなり」というのは論語の言葉であるが、間違いに気づいたら、その都度、訂正していくのが正しいと思う。現代社会は、科学的知識も、その他の知識も、伝言ゲームのようになっていて、どうやって正せばよいのかが明確でない。何が正しいのかを判断することもなかなかできない。だけど、何が正しいかをみんなで真剣にかつ虚心に考えたら、きっとその時々の最善の答えを得ることはできるはずだ。
労を厭うな、常に一番正しいことを追い求めよ。岡本太郎は、この生命の樹の展示をつくっているときに、そう思っていたかもしれないではないか。