ごめんよ、好きな人
私は長年慢性便秘というものに悩まされている。
遡ること小学生の頃、お腹が痛くて学校を休み病院に行けば、医者からは便秘ですねえと。
下剤のおかげで翌日はスッキリ登校するものの、クラスメートに「昨日なんで休んだの?」と聞かれても答えづらかったことはよく覚えている。
その後生理というものが始まり、はがれ落ちた子宮内膜を体外に押し出すための子宮の収縮運動が大腸へも刺激を促すのか、生理が来るとお通じが頻繁になる体質になってしまった。
本日4回目のお通じともなると、もはや出口の感覚がなくなる・・・という話は置いておき、生理痛自体は年々軽くなってくるのに、便秘によるさしこみ痛は酷くなる一方。
生理前と排卵日前に溜め込み、生理と排卵の時期に一気に押し出されていく。
この、一気に押し出される頃、特に排卵よりも生理の1日目〜2日目に私は酷いさしこみに襲われる。
さしこみとは、「刺されるような痛み」から由来する言葉で、その場から動けなくなり、呼吸もできなくなり、頭の血管がドクドク鳴りだし、真冬でも汗が出る究極的な状態に陥る。
その場にうずくまるなど体勢を変えると悪化するので、座っていたら座りっぱなし、立っていたら立ちっぱなしで痛みの波が過ぎるまではトイレへ向かう一歩さえ踏み出せない。
春がやってきて、好きな人と春の歌の話をした。
私は「この曲素敵だよ」と勧めたものの、その曲が手元のスマホに入っているわけでもない。
少し聴いたことのある、しかしYouTubeにも載っていないほどのニッチかつ雰囲気のある隠れた名曲の名を出して背伸びをしたのだ。
十数年前リリースの春ソング、スマホにダウンロードでも良かったが、一度CDを手に取ってみようと中古CD屋に寄った。
もし相手がこの曲をちゃんと聴いてくれたとして、私に「あの曲のあの部分が」なんて話をされても私がついていけなくなることは避けたい。
階段を登って、店舗に入る。
アーティストの名前はもちろん分かる。
タイトルはだいたい「サクラ」みたいなもの。
すぐに見つけられるし、あとは店頭に置いてあるかどうか。
アーティストの棚付近までたどり着いた瞬間、例のさしこみ痛に襲われた。
動けない。
今日は生理2日目だ。
通りすがりの武士にでも刺されたかのように(武士は「斬る」イメージだが)お腹を抑え、その場から動けなくなる。
左側にある大腸の裏、腰の部分を左手で強くつねって痛みをごまかし、右手はCDの棚を掴んだまま、しばらく過ごす。
今月のさしこみもなかなか手強い。
景色が歪みはじめ、どのCDも同じに見える。
震える右手は、棚を伝ってCDたちをカチャカチャと踊らせる。
大腸破けますってこれは!
誰に言ってるのかも分からない謎の心の叫びを終えると、ようやく数秒ぶりに呼吸ができ、肩で息をする。
この店から100メートルほど行った所にトイレはある。
(さしこみ痛と、今すぐ出ちゃいますは別物。痛いけどトイレはしばらく大丈夫なパターンは多い。私の場合。)
荒い呼吸でマスクがペコペコ膨らんだりへこんだり。
棚から手を離し、両手で腰をつねり、階段を降りる。
一段降りるごとに、突き刺さる痛み。
なぜ腰をつねると歩ける程度には楽になるのだろう。
答えを知らないどうでも良いこと(厳密には調べてみるべきこと)でドクドクうるさい頭をごまかさなければやっていられない。
腰をつねっていると肘が開くので、すれ違う周りの人々に軽く当たったり、避けていただいたり。
周囲から多少見られるものの、白いマスクが余計に引き立てる真っ赤な顔と、歪んだ眉にヨロヨロペンギン歩き。異常事態が起きていることはなんとなく察してもらえる。
ごめんよ、好きな人。
私は今、大腸が破けるか破けないかの闘いの中にいるんだ。
CDの件は、また今度。