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風花が舞う頃 6 

 レクサスのハンドルを握る鳴海なるみ学長は、コロナ禍で、感染症専門医として、厚生労働省の感染症部会に出席した経験を話してくれた。臨場感のある語りに引き込まれ、いくつも質問してしまった。

 その話が一段落した頃、彼は助手席の私に顔を向け、目元をほころばせる。
「今日の講義、申し分のない出来でした」

  彼の視線を感じ、全身がじりっと焼けるように熱を持つ。ムスク系の香水とかすかな体臭が混じり、魅惑的に香る。そこから意識をそらそうと、茜色に染まる山際やまぎわに視線を逃がす。最後の命を燃やす夕陽と、それを飲み込まんとする闇のせめぎあいが美しい。

「ありがとうございます。どこを評価していただけたのでしょうか?」

 彼はハンドルを握りながら、プレゼンテーションのように淀みなく言葉をつなぐ。
「第1に、学生が理解できる言葉で、一人一人に語りかけるように講義していました。かみ砕いて話しているのに、講義内容の水準は落としていませんでしたね。
 第2に、学生の関心を維持するために、進行とレジュメに工夫がされていました。解説と映像資料をセットにするのが効果的でした。さらに、レジュメを穴埋め形式にし、学生の集中力を離さない工夫がされていました。
 第3に、最後にコメントや質問を書く時間を設けていることです。日本人の学生は、直接質問をするのは苦手でも、筆記式なら書けることもあるでしょう。学生のコメントはどうでしたか? 手ごたえのあるものが多かったでしょう?」

「身に余る評価をいただき、とても嬉しいです。
 嬉しい感想を伝えに来てくれた学生がいました。日系ブラジル人の多い団地に住み、日本人とのトラブルを目の当たりにしてきた学生でした。自分が直面している問題が、グローバルに発生している問題とつながっていると初めて知って衝撃だった、この問題に取り組める仕事に就きたいと言ってくれたんです。こうした感想をもらうと、本当にやりがいを感じます」

 彼は大きく頷いた後、独りごちるように言う。 
「工夫を凝らして、真摯に語り掛ければ、彼らにも響く。バカ学生に難しい話をしても無駄という連中に見せてやりたい」

 私が首を傾げると、彼はかすかに口角を上げる。
「ヨーロッパの新しい民族問題を話した後、県内で起こっている問題に移っていく流れ、大変見事でした。これだけ学生を引きつけられる講義ができる先生は、そういません」

 彼はウインカーを出し、対向車線の車の流れが途切れたタイミングで、向かいの駐車場に車を入れる。

「このお寿司屋さんですか? 嬉しいです」

「先生は僕と同じで、こっちの出身ですからね。来たことありますか?」

「もちろんです。うちの御用達で、何かあると出前を取ったり、食べに来たりしました」

 彼の口元がほころぶ。
「おっ、そうでしたか。実はうちも同じです。海外で働いていたときも、ここに来ると、日本に帰ってきたなと思いました」

 紫色の暖簾をくぐって店内に入ると、眠っていた記憶が騒ぎ出す。カウンターと椅子の色や形、座布団の模様、色褪せた毛筆のお品書き、大将のしわがれ声、ビールや烏龍茶の入った冷蔵庫が唸る音。変わらないものと新しいものが混じり、重層的に流れる時間を感じる。

 掘りごたつ式の個室に通され、初めて向き合って座る。目元や法令線のたるみに年齢を感じる。だが、人懐っこそうな垂れ目、全身から漂う快活さが彼を若々しく見せている。瞬きから息遣い、喉仏の動きまで見逃したくない。それが顔に出ないよう、運ばれてきた緑茶に目を落とす。

「東京で美味しい寿司を食べている如月先生には、海なし県の寿司は残念な味かもしれませんね」

「そんな。世界を股にかけて活躍した学長こそ、舌が肥えているでしょう」

「少なくとも、ジュネーブの寿司より、ここのほうが旨いです」

 ふっと緩んだ薄い唇に、自分のそれを重ねてみたい衝動が湧き上がる。それを抑えるために、食道を滑っていく温かいお茶の感覚に意識を移す。

 学長がやわらかい物腰で上握りを二人前注文すると、ほどなくしてお吸い物とミニサラダが運ばれてくる。お吸い物の味は昔と変わらず、炭酸の泡のように少女時代の記憶が喚起される。

「ああ、懐かしい味です。生き別れになっていた親友に再会した気分です」

 彼の目尻が下がり、子犬のように人懐っこい表情が浮かぶ。
「それなら、ここにして良かった」

「非常勤講師は皆、食事に連れてきていただけるのですか?」

「いえ、私がお話したいと思った先生だけです」

「それは光栄です」

 彼はサラダを口に運んでいた箸を置く。
「国際関係学部ができて30年以上が経ちます。先生、なぜ僕の祖父が、医療系の大学に国際関係学部をつくったと思いますか?」

「国際関係学部がトレンドで、文部省の認可が下りやすかった時期ですよね。でも、率直に言って、なぜこんなのどかな地域に国際関係学部をと思います」

 東京の私大が県内に国際関係学部のキャンパスを作ったが、振るわずに移転したことが脳裏に浮かぶ。

「おっしゃる通りです。
 外科医だった祖父は、若い頃は途上国で医療に携わっていました。ですが、実家の病院を継いだ兄が肺を病んで亡くなり、彼が継がなくてはならなかった。祖父は当初から、国際NGOで働く日本人スタッフの少なさを憂慮していました。そうした人材を育てられればと、50代のときに、志を同じくする仲間と、看護師、保健師、放射線技師、検査技師を養成するO大を設立し、外国語教育にも力を入れていました。
 国際関係学部をつくったのは、国際NGOや国際機関で働ける文系の人材を育成するためでした。また、医療系学部の学生に、国際関係学部の講義を受講させ、技術屋以上に広い視野に立てる人材を育てたいと考えていました。設立当初は、その精神が生きていたようですが……」

「そういうことでしたか。学長がWHOに行ったのも、お祖父様の影響があったのですね」

「ええ。祖父の影響で、医者になって、海外で十分な医療を受けられない人々のために働きたい思いは、子供の頃から持っていました。国立感染症研究所で働きながら、WHOに派遣される機会を狙っていて、実現したのは37歳のときでした。ジュネーブとインドネシアで4年勤務しました」

「帰国後は、すぐO大に?」

「いえ、WHOの同僚の縁で、米系のコンサルに勤め、アジア諸国のウェルスマネジメントに2年携わりました。そこでの経験が、大学経営に役立っています。O大の学長になったのは2年前、43歳のときです」

「子供の頃からの夢を実現できる方は、そういませんね。現地でのお話、いつか聞かせて下さい」

 頷いた彼は、ほんの少し身体をテーブルに乗り出し、私を真直ぐに見つめる。
「如月先生、私は国際関係学部を祖父が設立したときの精神に基づいて、よみがえらせたいと思っています」

 墨のように黒々とした目が強い光を放つ。この人は、どんな難題に直面しても、こんな瞳で挑んでいくのだろう。多国籍の人材をまとめ上げ、答えの出ない問題に挑む彼が瞼の裏に浮かぶ。

「学長のお考えはわかりました。とてもやりがいのある挑戦だと思います」

 彼は唇の右端をぴくりと上げ、私の瞳の奥を覗きこむような視線で語り掛ける。
「無謀な挑戦だという顔をしていますね」

「いえ、無謀というよりも、先の長い道のりだと思います。でも、学長なら、どんな難題でも楽しみながら立ち向かっていくのでしょうね」

 彼の瞳が深味を増し、その奥底を少しだけ覗けた気がする。

「私の性格を読まれているようですね。その通りです。出口の見えない絶望や無力感は、海外で数えきれないほど経験してきました。僕は、そんなときほど燃えるたちです」

 彼は運ばれてきた握り寿司に目を細め、私に視線を移す。
「食べながら話しましょう。如月先生は、どんな問題が待っていると思いますか?」

 鉄火巻きを箸でつまみ上げながら、彼は挑むような視線で私を見る。それに挑発され、先ほどの彼のプレゼンテーションを意識して考えを整理する。

「専任教員と学生の資質という視点から、壁があると思います。
 まず、専任の先生方は、自分の定年まで安泰に過ごせれば良いという方が多いです。教育にも研究にも意欲的とは言えない方が多く見受けられます。研究者としての最低限のルールさえ尊重していない先生もいます。そうした先生方の意識を変え、目標に向けて動かすには困難が伴います。
 次に、学生の質です。いまの学生の多くは、海外で活躍したいという意欲も、それに伴う学力も、備えているとは言い難いです。意欲のある先生が赴任したとしても、学生の反応に気持ちを折られてしまわないか心配です」

 言葉にしてみると、自分がマイナス思考の塊に思えてくるが、10年以上見てきたので、間違ったことを言ったとは思わない。それでも、彼に幻滅されたと思うと、風船が萎むように心が萎縮していく。飲み込んだ酢飯の酸味が、喉にまとわりつくように残る。

 学長は、瞳の輝きを強め、穏やかに語り掛けるように話し出す。
「さすがですね。着眼点は私と同じです。ですが、私は10年ほどのスパンで、それらを克服していくつもりです。あなたが言ったように、先の長い道のりです。
 まず、教員です。国際関係学部の専任教員には、私の意図を粘り強く説明して理解していただき、協力を要請しています。その上で、国際機関や国際NGOでの勤務経験がある人材を特任教授あるいは非常勤講師として登用します。期間中に、一定の研究論文を執筆していただき、基準を満たしたら専任にすることも検討します。彼ら実務家教員の人脈を使い、学生に国際NGOでのインターンを経験させます。できれば、それを必修化したいと考えています」

「それは魅力的ですね。ですが、学長が登用した先生方が心配になります。 現在の専任教員からの抵抗は、相当強いと思います。私が見聞きした限りでは、教員人事は、専任教員の既得権益を守ることに終始していて、学部は何年も停滞状態です。研究業績があり、若く意欲のある先生でも、何年非常勤を務めても専任にされずに使い捨てられています。ポストが空いても、専任の先生が、彼らに都合の良い先生を専任に据えてしまうからです。実際に、長いあいだ非常勤講師を務め、学生の評判が良く、研究も高い水準にある友人が、理不尽に切り捨てられたのを見ました。学長が呼んでくる先生方が、嫌気がさして去っていかないか心配です」

「もっともです。言い方は悪いですが、専任の多くは高齢です。ほとんどが、残り10年を切っています。彼らが退職するたびに、公募をして、新しい人材を入れていきます。そうして、居心地が悪くなれば、頑固な先生方も意識を変えてくれるでしょう。嫌なら退職していただいて構いません。公募で適任者を選べますから。
 入学してくる学生の質と多様性は、入試を通して確保します。現在は、地元出身者の比率が高すぎます。来年から、入試と広報に実績のある事務職員を新しく雇うことが決まっています。地方入試を増やし、海外を含め、多様な地域からの学生確保を狙います。
 広報の売りは、カリキュラムです。ESLを経た英語での講義、実務家教員の講義、TOEFLやTOEICの高得点取得、国連英検の取得、国際NGOでのインターン、就職・大学院進学支援を全面に押し出し、関心のある学生を全国から集めます。秋田や新潟の公立大学に負けない魅力を持つ大学を目指します」

「とても魅力的です。ただ、一つ心配なことがあります」

 彼は意見を歓迎するように目力を増す。
「何でしょうか? 遠慮せずにおっしゃってください」

「この地域は、地元志向が強いです。成績が良くても、地元を離れたくないので県内の大学を志望する人が結構います。O大は、そうした学生の受け皿になってきました。レベルが上がり、地元出身者が入学しづらくなると、父兄や高校の先生から不満が出て、地域との関係が壊れてしまうかもしれません」

「なるほど。ですが、この少子化の時代、今の状況に甘んじていては、学部の存続自体が危ぶまれます。県内には、うちと似たレベルの大学があるので、地元志向なら、そこを狙えばいいでしょう。うちのレベルが上がり、入りたいと憧れられるような大学になれば、入ってくる地元出身者のレベルも上がります。
 地域とのつながりは、社会人学生の受け入れ増員、市民大学の定期的な開催で確保しようと考えています。コンサルに依頼して調査しましたが、この地域では、大学で学び直したい人が、思ったより多いことがわかりました。そして、県内には日系ブラジル人をはじめ、外国人人口の多い地域があります。学生がそうした地域で生じる問題の解決に携わる機会を継続的に設けることを考えています」

 彼は反論に感情的にならず、穏やかな口調で、説得力のある解決策を示してくれる。その誠実さは、相手を自分の懐に引き込む力がある。相手はいつの間にか、彼の目指す高みに引き上げられていく。

「そこまで、お考えなのですね。何だか、私もわくわくしてしまいます。私にお手伝いできることがあれば、ぜひお声がけください」

 彼は瞳の光を強め、透明感を増した声で続ける。
「そう言って下さるのを待っていました。率直に申し上げます。如月先生にO大に来てほしいのです」