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参加いただいた保護者様の声

許可をいただいて投稿しています

Hさん(父親)
=参加する前=

私が参加させていただいたきっかけは、高校生になった長女の不登校でした。
小・中学校時代の長女は、特に杞憂を感じる点はなく、良くも悪くも目立つことのない「普通の子」だったのですが、高校に入学して半月ほどで、遅刻や欠席を繰り返すようになりました。長女は、不登校の理由について「何で行きたくないのか自分でも分からない」とは言うものの、当時の私には「甘えている」としか捉えることができませんでした。私の叱責は日に日に強くなり、長女は高校に関する全ての話題を拒絶するようになりました。


=参加のきっかけと気づき=
何とか長女を登校させようと模索する中、新聞で「えがおの会」の活動に関する記事を見て、何かのきっかけになればとの思いで参加させていただきました。
最初の印象として、私が考えていた以上に不登校で悩む保護者の方が多いということです。当初は、長女を登校させることが目的ではあったのですが、杉浦さんをはじめ、参加されている保護者の皆さんの考えを聞くうちに、私自身の考えが親のエゴになっていないかと感じるようになりました。高校に行くことが正しくて当たり前とする私の主観的な思考が、長女を追い込んでしまっていたように思います。


=変化=
長女は、高校の先生方の献身的なサポートもあり、どうにか2年生に進級できました。しかし、2学期の途中で出席すべき授業時数が不足し、結局、留年することが決まってしまいました。おそらく、長女なりに「将来はどうなるんだろう」という不安に押しつぶされそうな心境だったと思います。

以前の私は、「是が非でも高校だけは卒業を」という固定観念を持っていましたが、この頃には「退学して休むことも一つの選択肢かな」と柔軟に考えるようになりました。高校の先生からは、今後、籍を残すか、退学するかの判断を求められ、3学期の途中から通信制高校に転入することを選択しました。

長女が選んだ通信制高校は、教室で先生の授業を受ける登校型のスタイルだったので、本当に登校できるのか少なからず不安はありました。しかし、転入先の通信制高校は、様々な事情を抱えた生徒が多く、長女の気持ちを理解してくれる友人がいてくれたことが支えとなったようで、その後卒業まで一度も高校を休むことはありませんでした。


=現在=
長女は、現在、大学生として生活を送っています。不登校だったころの暗い面影はありません。
高校に入学後、長女が不登校になった時は、「なんでうちの子が」と悲観的な気持ちでしかありませんでした。思い返せば、長女の不登校の期間中、高校に行けた、行けなかったで一喜一憂しました。行けなかったら「明日こそは」と期待し、その期待を裏切られて更にがっかりしたりす
ることも多々ありました。

経験した親にしかわからない気持ちだと思いますが、杉浦さんの助言をはじめ、皆さんの体験談を聞かせていただいたことが、私自身の考えをアップデートし、ひいては長女の転機のきっかけとなったと思っています。長女は長女であって、親が敷いたレール上を走らせる必要はないし、多少遠回りをしても、自由な航路を描ける船であればいいのかなと思うところです。



〜えがおの会より〜
Omimiかふぇに毎回参加され、メモを取りながら真剣に話しを聴いている姿が印象的でした。
お子さんが高校を変えてから参加されなくなりましたので、落ち着かれたのかな?と思っていたところ…その後の娘さんの報告を受けてとても嬉しく思いました。お子さんの進む道を線路から船に例えらた事からわかるように、お父さん自身が変わる事が出来たことで、お子さんの見え方が変わったのでしょうね。
微力ながらお役に立てたことを嬉しく感じます。ありがとうございます。

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