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アラスカの廃墟村

撮影で、アラスカのベトラスという村へ行った。フェアバンクスから小型飛行機で約1時間20分、山の隙間を飛行機は通り過ぎ、窓から見下ろすと、うねうねとした凍った川が連なる。”飛行場”にはその村の人口数が、野球のスコアボードみたいに示してある。わたしたちが行った時は確か30人くらいだったが、2020年には23人に減ったらしい。

冬になると川が凍結するため、その上を走れば、村から一番近いスーパーは車で8時間で到着する。ただし、夏は小型飛行機が唯一の移動手段で、それが1日何往復かして物資を運ぶ。

アメリカはゴールドラッシュ時にあちこちで村が作られたが、金が取れなくなると人は離れ、廃墟とした村だけが残った。ベトルスにもそういう村があるというので、行くことにした。

廃墟村へは、スノーモービルでなければ辿りつかないという。そんなもの運転したこともなければ、3年前の私は車すらまともに運転できなかった。横でライターの吉原さんがキラキラした目で「行こう!」と乗り気だ。その目にやられ、そして自分の好奇心にも勝てず腹をくくった。「少しでも肌が出ていると、すぐに凍傷になるので必ずすべての部分を隠してください」とオレゴン出身でこの村に住む若い女性が教えてくれた。

北極で使用されたという陸軍用の靴を貸してもらい、スノーモービルの運転の手ほどきを受け、出発した。

初めは緊張で余裕はなかったが、しばらくするとこの上ない幸せを噛み締めていた。

45分ほど走ってから、凍った川の途中でスノーモービルから降り、そこから廃墟村へ歩いた。

雪は深く積もっており、そして両手がカメラで塞がって身動きが取れず、私は見事に雪の中に埋まった。助けを求めると、同じく東京出身なのに見事なまでに自然に慣れ親しんでいる吉原さんは大笑いしながら手を差し伸べてくれた。

廃墟した村は、シンとした雪の中、佇んでいた。家の中に入ることにしたが、廃墟とはいえ、誰かの家に無言で入るのはどこか躊躇する。歩くとぎしぎしと床が軋む。飲みかけのカップ、マイナス20度なのにぬくもりすら感じるマットレス、割れた窓から入る風、読みかけの雑誌、誰もいないのに気配を感じるこの空気。

背筋がぞくっとしたのでそこを出て、凍った川を歩いてスノーモービルまで戻った。当たり前だがスノーモービルがそこにあったことに、ものすごい安堵感を覚えた。

凍った川の上に立った時、「イントゥ・ザ・ワイルド」という映画を思い出した。主人公は家族もお金もすべてを捨て一人でこのアラスカへ移住するが、間違えて食した植物の毒で体調を崩す。人里を探し歩き始めるも、夏だったため川を渡れず引き返し、そのまま命を落とすという実話を元にした内容だった。彼がノートに記した最後の言葉がある。 “Happiness is only real when shared(幸せは、共有されたときのみ、現実になる).”  

誰かと分かち合うと、幸せはもっともっと広がっていく。そんなことを考えながらロッジへ戻った。


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北野 詩乃 |写真家・エッセイスト
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