piece of cake

「さて」

と、わたしは諦めてノートパソコンを一旦閉ざして、向かいに座る夫へと、向き直る。

「お疲れ様」

おそらく夫は、今日の分の日課が無事終了したのだと思ったのだろう。しかし残念ながらわたしが発したのは、そんな一区切りの「さて」ではなかった。お疲れ様に至るには、まだ前途は多難である。さて……。

「まだ終わってません。今日の更新分」

「そうか。じゃあプレお疲れ様」

かれこれ半月程は続けただろうか。とにかく頑張ってnoteをほぼ日ペースで更新する、というわたしの新しい日課。そろそろ心身共に慣れてきたような気もするが、平日の更新はやはり少々大変かもなという気もする。しかし色々考えた結果、何事も継続とスピードが大事なんだよ本当に……、という結局分かり切った黄金の法則に則るしか上達と成功の近道はないなと思い至ったので、わたしは観念して、今はただ黙々とその黄金の法則を実践しているというところ。

だがしかし。今日はさて……どうしたものか。

「子供の頃、読書感想文を書こうとして、でも書くことが思いつかなくてよくあるパターンその一。”僕は今、読書感想文を書こうとしている(以下略)”みたいなやつ。これでいきますか」

やっとこさ絞り出したネタがそれなのかと、わたしの思いつきの宿題作文あるあるに対し、夫は至極真っ当に「ありきたりだな」と一言。

「んーじゃあ、なんでしょうね。さっきTwitterで見かけた、蝉は暑過ぎたら寿命前に死んじゃうという衝撃の事実で、一つ……」

と、実はこれ結構エモい話だなとか思いつつ、わたしは下書きその3として蝉の話をちょっと書き始めるも、なんとなく中断する。「なんだ、書かないの?」と夫。いやね、あと30分くらいできっかり書き終われそうなのがいいんですよ。昨日寝不足だから。早く寝たいです。だから短めのやつがいい。蝉はなんか長そう。うだうだ迷ってるとやがて夫は夕飯後の洗い物をしに台所へと旅立った。うーむ。

それからわたしは冷蔵庫に眠る実家の父の帰省土産である美味しいヨーグルト(大山高原 白バラクリームヨーグルト)を食べるか食べまいかぐるぐる考えつつ、パソコン画面とにらめっこしながら、今日の小説の内容を一生懸命に考えた。蝉……暑い……美味しいヨーグルト……夏……ヨーグルト……昨日はコメディー書いた……喉乾いたな……水……ヨーグルト……周期的には、何かこうピリっとした感じのを書きたい……蝉……?うーん……ヨーグルト……ヨーグルトおぉぉ……。

「あー、もうっ!やっぱりどうしてもヨーグルト食べます!」

「すまん。それ食べちゃった」

「ひえぇええ……」

そういえばよくよく思い返せば、晩ごはん作った時ヨーグルトいなかった。いなかったよ……。

我慢に我慢を重ねた末の勇気ある決断が裏切られたわたしの悲しみに、夫は「ごめんごめん」と贖罪の言葉を連ねる。でももう取り戻せないんだぞ口がもうあのこってり濃厚クリーミーヨーグルトなんだぞ、ううう……と嘆いていると、夫は「しゃあない。ちょうど炭酸飲みたいし、ついでに侘びケーキでも買ってきてやる」と代替案を提示してくれた。

「ケーキ……!」

せっかくのケーキは真剣に選びたいので、結局二人して夜10時、コンビニへと連れ立って歩み出す。

クリーミー濃厚ヨーグルトの妄想をし過ぎたせいでわたしは気付けばすっかりクリーム分を欲していたらしい。それが功を奏して(?)、ローソンのもち食感ロール(北海道産生乳入りクリーム)(¥295)がまさにわたしの目に留まる。これかなぁ。程よい期待を胸に、わたしはもち食感ロールを手に取り、帰宅。ロールのお供にノンカフェインコーヒーを用意して、わたしはそいつを頬張った。満を持して食したもち食感ロール以下略は、なんとも想像以上に美味しい。むかーし何度か食べたことあったけどこんなに美味しかったかな?やはり昨今の諸企業の企業努力による製品の進化は目覚ましいものがある。のかもしれない。ちょっと淡白な、それでいてしっかりと甘いクリーム部分が地味にやみつきになりそう。だが、しかし……。

わたしは全6切れ入のうちの1切れを食すると、あとは偉大なる強固な精神力により残りは後日のお楽しみへと回すことにする。食べすぎは禁物……。全部で6切れも入っていると、逆に1切れだけを食べるのがむずかしくなるジレンマ。it is not a piece of cake。ケーキを残すのは、全然簡単なんかじゃないぞ。

「なーんで”piece of cake(=そんなの簡単!)"なんて言うんだろ?ケーキ関係あるかな?ぺろっと食べちゃえるから?」

名残惜しく空っぽになったお皿をじっと見つめつつ、わたしは実際、結構気になった。よくよく考えれば不思議な話だ。朝飯前っていうのは、朝飯前にさらっとできちゃうからってニュアンスがなんとなく伝わるけど……。

「逆に考えるんだよ」

と、そこで夫の新たな学説が展開する。

「ある人は今、とても難しい問題に挑んでいる。考えても考えても、まるで答えが出ない難解な問題。問題を解くには脳を使う。脳を使うには糖質がいる。糖質、イコール、ケーキ。つまり、物事を簡単にこなすにはケーキのような糖の塊が必然、必要になるということ。要するに、piece of cake は 難解な問題を解きほぐすおまじないの言葉なんだよ。行き詰まったシチュエーションであえてpiece of cake と口にすることで、まるで目の前の問題が大したものじゃないって気持ちになってくる。言葉にすることで、架空の燃料を脳に投下してるんだよ」

おまじない……!なるほど!

「魔法の言葉だ……it's a piece of cake!」

そういうわけで、今日はケーキの日です。わたしは無事、今日もささやかな小説を書き上げて、ついでにケーキも美味しく頂けました。夜23時過ぎ。糖分摂取には危険な時間。明日頑張ってジムへ燃やしに行こう。いや、でもケーキはあと5切れありますよね。またもや危険な予感。体型維持的な意味で。

果たしてこれらは、it's a piece of cake ✕ 5回の効力を示してくれるのだろうか。幸せな魔法に期待したいところではあるが。……さて。

「今度こそ、お疲れ様でした」

再度ノートパソコンを閉ざすわたしへ、ゴロゴロと布団の上でゲームの動画を眺めている夫が言った。今度こそ、本当にお疲れ様でしたよ。今日はこれでおしまい。さぁ、お布団で横になろう。

後日譚。後から調べたpiece of cake の由来はまるで違うものだったけども。piece of cake の魔法にあやかりたいわたしは、引き続き、困った時にはpiece of cake と唱えることにする。ついでに甘いケーキとコーヒーを用意して。

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