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ダブル・クリスティーヌ
「シャンデリアが落ちるぞ!」
いやいや、そんなわけとも思ったが、本当だった。次の瞬間、精緻なガラスの塊が死ぬ、やたら華やいだ音が、大劇場内に響き渡った。
オペラ座かよ、と心の中で突っ込みながら、舞台監督である佐藤は、「劇場で走るな」という忠告も忘れ、ステージに走る。本日はよりによって新作の初日だ。
カンパニーは未曾有の危機にさらされた。ステージに出た佐藤が見たのは、顔を血まみれにしている主演女優、田中だった。シャンデリアの直撃は免れたものの、顔を掠めて、ガラスが刺さってしまったらしい。ダブルキャストのうちの一人で、初日の舞台を任された、凄腕の女優だ。
女の上にシャンデリアが落ちるなんて、本当にオペラ座かよ、ともう一回心の中で突っ込みながら、佐藤は掃除を助手たちに任せ、演出の鈴木のもとに向かった。田中はスタッフに連れられ、袖にはける。
「彼女、今日は難しそうですかね」
佐藤が訪ねると、鈴木は心苦しそうに頷く。
「彼女は病院に行かせようと思う。ダブルキャストで助かった。高橋に頼もう。しかし、本日ご来場の八百人のお客様の中には、彼女のファンもたくさんいらっしゃる。クレームは来るだろうな……」
鈴木はため息を吐きながらも、スマホを取り出し電話をかける。
「ああ、高橋。今日なんだけど……。ちょっと田中が……えっ、もう近くにいる!?」
鈴木は驚愕した。明日からの出演に備えて、ゆっくり休めと言ったはずだ。特に手伝うこともない、と。しかも田中の容態を言う前に、もう近くにいるという発言。
「高橋、もう近くにいるそうだ」
「え、なぜ!?」
佐藤が驚いて声を上げた瞬間、劇場後方の扉が開いた。
「おはようございます! あれ、シャンデリア落ちちゃった!? 田中ちゃん、ケガなかったかなあ……」
無邪気にそう言いながら、ステージへと向かう高橋。
マジでオペラ座じゃねえか。佐藤は高橋を問い詰めようと歩き出す。
【続く】