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丸森時間差遺産 第3話「全力で走り抜けた公園」


東京での20年間の暮らしを経て、20年ぶりに故郷へ移住したクリエイティブディレクターは何を思うのか。あの頃は特に気にも留めなかったことが、今さら大切だったと気付くものとは。Steve* inc.(https://steveinc.jp)代表取締役社長の太田伸志が、宮城県丸森町の広報誌「広報まるもり」にて連載中のエッセイを特別限定公開中!

 僕は全力で走っていた。とはいえ、太宰治の小説『走れメロス』のように親友との友情を守るためではない。先ほどスーパーで受け取ったレシートが風で飛ばされたため、追いかけていただけである。30mほど先で追いついて無事に回収したが体力は消費した。昔は追いかける側ではなく追いかけられる側だったのになと、息を切らせながら30年以上前のことを思い出していた。

 実家には昔、コロという犬がいた。名前の由来は当時僕が夕食時にコロッケを食べているときに思いついたからで、マグロを食べていたら「トロ」だったかもしれないし、馬に乗りながら考えていたら「ポロ」だったのかもしれない。気軽に名付けてしまった罪悪感からか、僕は小学校から帰ると長く垂れた耳をパタパタとはためかせ喜ぶコロを、よく散歩へ連れて行った。コロは小柄な体型のビーグル犬で足が遅かったが、どれだけ全力で走って引き離しても嬉しそうに尻尾を振って必ず追いついて来る姿は、かわいらしい弟のようでもあり、信頼できる親友のようでもあった。

 散歩コースは、いつも家のすぐ側にある百々石公園(どどいしこうえん)。公園と言っても、滑り台や砂場などがある井戸端会議向きの広場ではない。一日では歩ききれないほどの山一帯に広がる敷地で、桜やつつじの名所でもある自然公園だ。なぜ百々石と呼ばれているのかは諸説あるが、山全体が花崗岩でできており、巨石がゴロゴロと点在しているからという理由が有力のようだ。当時、そこそこ足の速さに自信があった僕は、よくコロと一緒に百々石公園を走り回っていた。竹林から木洩れ陽が差し込む観音堂を通り過ぎ、いくつかのカーブを超えて坂道を一気に駆け上がった先に巨石が重なり合った爽やかな風が吹き抜ける場所がある。中学校や丸森町役場などの町内中心部だけでなく、舘矢間地区はもちろん、晴れている日には蔵王連峰までも望むことができる高台だ。そんな景色を見ながら、息を切らせながら頑張って追いついたコロに「偉いぞ」なんて、偉そうに語りかけていたような気がする。

 ふと、思った。僕は今、あの頃のコロのように全力を振り絞ってでも追いつきたい目標はあるのだろうか。簡単には追いつけない。だから全力を尽くす。そんなあたりまえで純粋な気持ちは、何歳になっても忘れてはならない。レシートに刻まれたコロッケという文字が、そう優しく語りかけてくれた気がした。

丸森町時間差遺産003:百々石公園
一日では歩ききれないほどの山一帯に広がる敷地で、桜やつつじの名所でもある自然公園。大岩から望む風景が素晴らしい。

時間差遺産【じかんさ-いさん】
あの頃は特に気にも留めなかったことが、今さら大切だったと気づくもののことを、筆者が勝手にそう名付けた。

絵と文:太田伸志(おおたしんじ)
1977年、丸森町生まれ。クリエイティブカンパニーSteve* inc. 代表取締役社長。東北芸術工科大学 講師。2023年から丸森町のクリエイティブディレクターに就任。作家でもあり唎酒師(ききざけし)でもある。



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