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第10話 「小笠原へ。切り株を訪ねる旅」

4月初旬。1本の樹に会うために、小笠原諸島の母島まで往復2500キロ、6日間の旅をしてきました。

1年ほど前、とある縁があって母島から僕の工房に届けられた半割りの大きな丸太材4本。その「タマナ」という木から作ったウクレレを持っての里帰り旅行です。

東京の竹芝桟橋から南へ。
1000人乗りの貨客船「おがさわら丸」で父島まで波に揺られること26時間。そして「ははじま丸」に乗り換えてさらに2時間余り。

航空機での移動が発達した現代なのに、未だ空港のない小笠原諸島への唯一の交通手段です。外洋に出るともちろん携帯電話の電波も届かず、ひたすら寝るか本でも読むかという非常にゆったりとした時間を楽しむことが出来ます。もっとも今回はかなり海が荒れ、船酔いを避けるためにとにかく横になっているしか無いという状況でした。

小笠原には動植物共に貴重な固有種が多いのですが、この旅の目的のタマナも国内では小笠原と沖縄の一部にしかない希少な樹です。

このタマナの木は100年ほど前に植樹され、とあるペンションの庭先で皆に愛される大樹に育っていました。ある時たまたまその宿に泊まった樹医を名乗る客が「この樹はすでに中が腐っていて、いつ台風などで倒れるか分からない」と診断したために、被害を恐れた地主さんの決断で切られることとなってしまいます。

しかし、いざ切り倒してみると確かに僅かな腐れは有ったものの木が倒れるなどという状況には程遠い見事な木で、このタマナに長い間慣れ親しんだ周囲の人たちの想いが集まり、何かに形を変えて残せないかということで僕の工房に託されることとなりました。

母島でタマナの切り株に会い、周囲の沢山の方にも話を伺ううちにあるレモン農場経営の男性と出会い、このタマナの木がその方のお父様の誕生記念として植樹されたことが分かりました。そして僕が作り持って行ったウクレレは思いがけずその男性の手元にお父様の記憶として残ることとなりました。

楽器製作者として、自分が作った楽器がこんな風に縁があって沢山の人と繋がり喜んでもらえるのは本当に嬉しい出来事です。

母島はウクレレ愛好家が多く、楽器に生まれ変わったタマナも母島の人々に5年10年と弾かれ熟成し豊かな音色を響かせてくれると思います。
聞くところによると小笠原諸島は松本城主であった小笠原氏とも縁があるようですね。僕も次の訪問の機会を楽しみにまた製作に励みたいと思います。

(松本市民タイムス リレーコラム 2016年4月21日掲載分)

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