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社交不安障がい者が旅をする。#14

気づけば朝になっていた。

昨日は、早朝から遺跡巡りをしていたからだろう。
この日は寺院巡りツアー2日目だ。
午前10時、予定の時間に送迎がやってきた。
バスから降りてきたのは、昨日とは別のガイドのおじさんだった。

乗り込むと、おじさんは昨日と同じように、自己紹介や今日の日程の説明をし始めた。
サムと名乗ったおじさんは、昨日とは別の遺跡を見学した後、山の上にある寺院で日の入りを見る予定だと説明してくれた。

そうしている間に、一つ目の目的地に到着した。
最初に見学するのは、仏教の遺跡だ。
ツアーの参加者が入り口付近に集まると、サムは仏教の歴史について話し始めた。

「Why do people practice Buddhism? (何で人々は仏教を実践したと思う?)」

「Meditation? (瞑想?)」

「No, they try to get nirvana. (いや、彼らはニルヴァーナに至ろうとしたんだ。)」

様々な歴史に明るい彼の話は、聞いているだけで引き込まれてしまう。

「Monks had already existed before Buddha became a monk. Is this right? (仏陀が僧侶になる前から、僧侶っていたんだよね?)」

僕がそう質問をすると

「That’s a very good question. (いい質問だね。)」

そう言って彼は、仏陀が現れる以前にも、聖職者としての僧侶が存在していたことを説明してくれた。

「なるほど、今までは日本で親しまれている仏教にしか触れる機会がなかったけど、世界ではそんな風に仏教が大切にされていたのか。」

サムの歴史語りを聞きながら、カンボジアに残る遺跡を巡るのはなかなかに面白かった。

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お昼、一行を乗せたバスはレストランの前に停まった。
僕たちは、ここで昼食をとることになった。

席に着くと、一緒に参加していたカップルが話しかけてきた。
彼らはインドから来ているようだった。

「We’re gonna go to Thailand tomorrow. (明日タイに行くんだよね。)」

「Oh, me either. I’m gonna travel to Thailand the day after tomorrow. (そうなんだ!僕も明後日タイに行くよ。)」

そんなことを話していると、緑のワンピースの女性が、自分が頼んだポテトフライを僕にも分けてくれた。
そうこうしている内に、僕が頼んだ料理も運ばれてきた。

「Oh, you ordered this one. I’m sorry I took too much. (あ、それあなたが頼んだのだったんだ。ごめん、食べ過ぎた。)」

「No, it’s okay. Take them. (あ、全然いいよ、もっと食べて。)」

僕は、先にテーブルに並べられたポテトを、お通しのようなものと勘違いして、食べ過ぎてしまったことを謝った。
すると彼女は、全然構わないよ、むしろどうぞとばかりにお裾分けをしてくれた。

ツアーの最中、サムはできるだけまとまって行動しようと言っていたが、彼らは自由奔放に見学していた。
僕は、そんな彼らとちょっと価値観合わなそうだなと勝手に感じていたが、この時、それは違ったなと思った。
彼ら、特に緑のワンピースの女性は自由奔放だが、根はとても優しくて僕や、他のツアー参加者とも通じるものがあった。
その後も、バスで移動中にポテチを分けてくれた。

「根底にあるものは同じなんだな」

少し、彼らとの距離が縮まった気がした。

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昼食後、バスに戻ろうとすると、現地の子どもたちが抱えている小物を売るために寄ってきた。
彼らは普段から、ここを訪れる観光客に対して物を売っているようだった。

「I’m sorry. No thank you. (ごめん、いらない。)」

他のツアー参加者も、彼らの販促を断ってバスに乗り込む。
それでも、彼らは1ドルだけだからと言って懇願してくる。
生活が苦しいのだろう。
若干10歳くらいの子どもたちまでもが、そんなことをしなくてはならない現実に、自分の無力さを感じた。

だが、ここで買ってしまっては、彼らに間違ったことを教えてしまう。
そうやって情に訴えればお金がもらえる、ということだ。
それが彼らの人生を良くするとは思えない。
彼らは友達と遊んだり、好きなことを学んだりするべきだ。
そうして、いつかは自分の好きなことで、誰かの役に立つ喜びを味わってほしい。
何度もNo thank you と言いながら、バスは走り出した。

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その後もバスはいくつかの寺院を巡り、博識なサムの解説と共に見学を楽しんだ。
その間にもサムや、他のツアー参加者とおしゃべりをしたりして、一行の中に一体感を感じていた。

ツアーにはさまざまな国からの参加者が集っていた。
先のインドからベトナムを経てやって来たカップルや、韓国から訪れた母子、まるで双子だけと双子じゃないという、ベルギー出身のお姉さんたち。

みんな出身はバラバラ。
お互いに会話する時は、それぞれの言語で話しているので、何を言っているのかは分からない。
それでも、同じツアーに参加した者同士、英語というツールを使って、コミュニケーションを取ることができた。
それぞれ持っているバックグラウンドは違っても、コトバを介して繋がれたことに、なんとも言えない尊さを感じる。

そんなことを思っていると、

「Please help me. Your review gives me another job. (助けてほしい。君のレビューが僕に次の仕事をくれるんだ。)」

そう言ってサムはこのツアーのレビューを書いてほしいと頼んできた。
充実した体験をさせてくれた彼に、僕はもちろん、と快諾した。

思えば、彼は一貫して参加者のためを思ってガイドしてくれていた。
それは次の仕事を得て、食べていくためだろう。

「I like history. But I can’t do other things.(歴史が好きなんだ。でも、それ以外に取り柄がない。)」

歴史や文化に詳しい彼に、すごいねと言うと、彼はそんな風に返した。

日本と比べると、この国で生きていくのは大変なことも多いかもしれない。
それでも、自分の好きなこと、できることで精一杯のガイドをしてくれた彼を、僕はとても素敵だなと思った。

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「Thank you for coming Cambodia. (カンボジアに来てくれてありがとう。)」

「You gave me a job as a guide and him as a driver. (君たちが、僕にガイドとして、彼にドライバーとしての役割を与えてくれた。)」

「Also hotels can have a job, restaurants can have a job, many people live in Cambodia can have a job because of you come here. (ホテルも、レストランも、カンボジアに住む多くの人が仕事ができるのは、君たちが来てくれるおかげだ。)」

「So thank you so much for coming here. (だから、ここに来てくれて、本当にありがとう。)」

宿に帰るバスの中、サムはツアー参加者に感謝を述べた。
彼やバスドライバーのおじさん、関わっているスタッフみんなの活躍ぶりに、誰もが感謝の気持ちでいっぱいだった。

サムが話し終えると、車内は温かい拍手で包まれた。

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