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社交不安障がい者が旅をする。#17

タイに来た目的、その一つはバンコクでワクチンを接種することだった。

海外を旅していると、さまざまな病気に罹るリスクがある。
狂犬病やマラリアなどがその一例だ。

ましてや自分の体調を自分で管理できなければ、一人旅などできたものではない。
それは、ここまでの旅路の中でも、北京滞在中の叔父にも身をもって教わったことだ。

では、なぜタイはバンコクでワクチン接種受けるのかと言えば、日本で接種するより圧倒的に安いからだった。

日本で旅をする上で接種しておきたいワクチンを受けると、10万円近くかかるらしい。
それが、タイでは3万円くらいで受けられる。
タイを旅するのと合わせてワクチンを接種できるとなれば、ここで受ける以外の選択肢はなかった。

しかし、この思考には一つの前提がある。
それは、僕はこれからも世界を旅するんだ、ということだ。
でなければ、ワクチンなんて打たなくても生きてはいけるのだから。

「なんで僕は海外一人旅なんて酔狂なことをしてるんだろう。」

時々そんなことを思わないでもない。
周りを見れば、家族や恋人、友達と休みを利用して贅沢に旅行している人の姿が目に入った。

「いや、答えなんてないか」

いろいろ理由を後付けできるが、結局はそこに落ち着いてしまう。
ただ、自分の心がそう望んでいた。
例え無駄でも、無意味だとしても、身体がそうしたいと言っていたのだから、そうするしかないのだ。

そうこうしている内に病院に到着した。
「Queen Saovabha Memorial Institute」
格安でワクチンを受けられるこの病院は、バックパッカーの聖地でもあるらしい。
受付のお姉さんにワクチン受けたいんだけどと聞くと、丁寧に教えてくれた。

問診票を記入し、どのワクチンを受けようか考える。
悩んだ末、狂犬病や腸チフス、A型肝炎など、王道のもの計6種類を接種することにした。

血圧を測って問診票を提出する。
そのままナースさんの案内に従って、医師の問診を受けた。

「How long are you gonna stay in Thai? (どのくらいタイに滞在するの?)」

「After Thai where are you gonna go? (タイの後はどこに行くの?)」

色々聞かれたが、医師の女性は非常に淡白な口調だ。
どんなワクチンを受けてもいいけど、全部自己責任でねということが、はっきりと伝わった。

問診が終わると処方箋を出してもらい、ワクチンを購入する。
自分の順番が呼ばれると部屋に入り、ナースさんにワクチンを手渡した。

「Wow four vaccines 😅」

接種するワクチンの数に、明らかにナースさんに引かれたのが分かった。

.

大した痛みもなくワクチン接種は終わった。
病院を出た僕は、余った時間で近場のショッピングモールに行ってみることにした。

店内に入ってみると、色々なお店が入っている。
日本食レストランや、マツモトキヨシもあり、日本製品を買うのには困らなさそうだ。

ぶらぶらしていると、開けた場所でイベントをやっていた。
壇上には司会と、全身白コーデで固めた男性アイドルらしき人がトークをしている。
タイ語は全く分からなかったが、なんとなく成り行きを見守ってみることにした。

何やら楽しげなトークの後、2人は舞台袖にはけてしまった。
数秒後、全身白の男性アイドルが、持ち歌を披露し始める。
綺麗な歌声に会場(特に女性)は魅了された。

その傍で、歌声を聴きつつタイって面白い国だな、と勝手に思っていた。
街を歩いていると、色々な見た目の人が歩いている。
一見日本人や中国人と同じような顔立ちをしている人もいれば、褐色肌で彫りの深い人もいる。
僕は、後者が東南アジアっぽい人種の人たちなのかなと思っていたが、目の前の男性アイドルはザ・K-popアイドルのような顔立ちだった。

「タイの美意識も、韓国とかと似てるんだな」

色々な人がいて多様性を感じるけれど、アイドルとして持て囃される「理想の美しさ」には「テンプレ」のようなものがある。
でも、多様性があるからこそ、その「テンプレ」の信頼性の無さと、「美しさ」ってなんなんだろうなと思ってしまうのだった。

.

時刻は17時半を過ぎた。
そろそろ帰ろうと、僕は宿までの経路を検索していた。
すると、行きで利用した地下鉄でも帰ることができるが、バスでも行けるようだ。
加えて、そちらの方が安く済むらしい。

バスを探してみようかと屋外に出てみると、ちょうど信号待ちで止まっているバスが目に入った。しかも、ナビアプリが教えてくれている行き先のバスだ。
バス停で止まっているわけではないが、ダメ元で乗りたいという意思表示をしながら近づいてみる。
すると、ドライバーのおっちゃんに伝わったのかドアが開きその場で乗車することができた。

乗ったのはエアコンなど付いていない、赤色のバスだった。
床も木製で座席も見るからにオンボロだ。
しばらくすると、運賃回収係の女性が支払いを求めて来た。
この種のバスは、どこまで乗っても一律8バーツという超格安だ。
10バーツ硬貨を渡すと、お釣りと乗車券を受け取った。

渋滞していてなかなか進まないせいか、乗客は僕以外誰もいなかった。
平日の夕方だ。
帰宅ラッシュなのだろう。
10分待ってもバスはその場からほとんど動けない。
その間にも運転手のおっちゃんと運賃係のお姉さんは雑談をしている。

おっちゃんはかなり自由なようだ。
道路脇のでライブパフォーマンスがやっていようものなら、そちらに釘付けで前も見ずにバスを徐行させている。
そんなおっちゃんに運賃係のお姉さんは、ちゃんと前見て運転しなさいよ、と文句を言っているようだった。

しばらくすると渋滞を抜け、バスはスピードを上げて走り出した。
他のお客さんも乗って来ている。

「ガン、ガリガリガリ」

バスが右折しきろうとした時、不意に嫌な音が聞こえた。

「あれ、ぶつけたんじゃね?」

そう思いながらも、バスは走っていく。
すると、バスの前に黒のミニバンが割り込んできて、ハザードランプを鳴らして停車した。
運転手は車から降りると、バスの写真を取り出した。

「ぶつけたんじゃないの?」

運賃係のお姉さんは、ドライバーのおっちゃんにそんなことを言っているようだ。
おっちゃんはバスを降り、ミニバンの運転手と何やら話し始めた。
その間、お姉さんは冷静に乗客を下し、すぐ後ろを走っていたバスに乗せてくれた。

「自由なのも大事だけど、ちゃんとするのも大事だな」

おっちゃんみたいな自由さなら、楽しく生きられるだろう。
でも、ちゃんとするときはちゃんとしないとこういうことになりかねない。
この国で事故はよくあることかもしれない。
それでも、目の前で起きた光景から、そんな戒めを受け取った。

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