見出し画像

ボク等の生涯は燃え尽きた。

「 ボクはね、ボクがゆるせないんだよ。 」

しゅるしゅると真っ白な包帯を二の腕に巻きながら話しかける。
ボクの唐突な発言にも慌てず、冷静に対応してくれる彼はボクの親友だ。

「 それはどういう意味のゆるす? 」 

ブルーライトを放つパネルを片手に小首を傾げる彼にふっ、と微笑みかけてからにこやかに答える。

「 ボクが過去に犯した罪がゆるせない方。 」

巻けば巻くほど赤く滲む包帯。
自ら切り血液を出した腕を指さし、それを示す。

「 ああ、そっちね。 」

かたん、とスマホを置きボクの腕に触れた。
そして下手に巻かれた包帯を巻き直してくれた。

「 …相変わらず傷だらけの割には細いな 」

ぼそりと嫌味を吐かれた。

“ 医者 ” という困難な道を彼は歩んでいる。
現在高校三年生のボク等はあと数ヶ月もすればそれぞれの道へ進むこととなる。
先程も言った通り、彼は “ 医者 ” の道へ。
そしてボクはというと、 “ 臨床心理士 ” の道へ。
どちらも医学を歩む。
どちらも引かれたレールを走る。

「 …なんで君は、こんなどうしようも無い程に馬鹿なボクとの関係を持ち続けてくれるの? 」

以前もした1度目ではない質問にまたか、と言うように溜息を吐く。
それでもちゃんと答えてくれる。

「 俺はそれが正しいと思ったから。 」

医者としての正しさなのか、彼自身としての正しさなのか。
酷い疑い癖が長い年月と歳を重ねても抜けないボクは未だ彼の言葉に確信を持てず、腑に落ちない。
2年連続同じクラスだった彼と初めて会話を交わした中学2年生よりもっと前の頃から “ 臨床心理士 ” を目指すこととなっていたボクを、希死念慮を強く持っていたボクを救ってくれたのは紛れも無く彼だったのに。

『 男なのに 』 可愛子振ってボクと言い、
『 男なのに 』 女子の制服を纏っていて、
『 臨床心理士となる身だったのに 』 病んでいた。
“ 病む ” という言葉自体は嫌いだが、それ以外の表し方が思いつかなかったから仕方が無く使った。
綺麗事を並べてでも色々な悩みを抱え生きている少年少女達を救わなければいけないのに、綺麗事が嫌いで人の気持ちを理解しようとしないボク。
臨床心理士なんて立派な職業を目指してはいけない人間なのに、親が決めた将来の夢を何としてでも貫き通さなくてはいけない人生。
小5の頃から “ 生きている ” という実感を持つ為にし続け、辞められずにいる “ 自傷行為 ” 。
それをしている姿を、本来ならば誰も居ないはずの放課後の空き教室で彼に見られてしまった。
「 え、えーっと、 」ときょどるボクを目の前にしえも冷静さを保つ彼に 「 大丈夫か? 」と声をかけられた。生まれて初めて誰かに心配された。
そしてボクはそんな優しい彼に一目惚れした。

…なんてことがあったな。と思い出す。
器用に、そして歪み無く的確に包帯を巻いてくれた彼の整った顔をじーっと見る。

「 はい、できた。
…何?そんなに見つめて。
シンプルに気持ち悪いんだけど。 」

相変わらずの毒舌っぷりに苦笑を零す。
「 なんでもない。 」 と短く伝えた後に “ やってくれてありがとう ” と付け足し伝える。

「 お前の長い髪結えるんだから、これくらい余裕 」

とポニーテールにされた髪をひょい、と持ち上げられる。

本人には言ったことはいないが、ボクは彼に強い依存心と独占欲を抱いていた。
成績や結果しかみていない彼の両親を消し去りたい。なんて思った日も多々あった。
勿論、彼には言ったことがない。
嫌われてしまうのが怖いから。
一方的な好きでいい。と思っていた頃が懐かしい。
今では、“ 彼もボクを好きになって欲しい ” とおもってしまう。
できれば、一緒に死にたいな。とも。
そんなドロドロな片依存から生まれた感情を脳裏から追い出し、目の前で散乱した刃物や余ったまだ白い切れ布を小さなポーチの中へと片付ける。

( …彼はボクを、どう思っているのだろう。 )

気になって気になって仕方がない。
けれど聞くほどの勇気も無くて、結局聞かず終まいだ。
喉元まで出かかった言葉をペットボトルに入ったぬるくなって不味い水で流し込む。
うげ、となっていると視線を感じ、その先を見る。
ぱちりと目が合ったのは彼だった。

「 え?え?なに? 」

キャップの蓋も閉めずに困惑する。

「 前から思ってたけどさ。
     …お前、そんな精神状態で臨床心理士なんてやって行けんの?俺すっごい不安なんだけど。 」

何を言い出すのかと思いきや些細なことだった。

「 行ける。ボクと同じ思いしてる子…
    それも、更に繊細な子となるとやりきれるか正直心配だけど、ボクのメンタルは行ける。 」

半分程嘘だが自然体のように見せるため、にっ、と笑ってみせると 「 そ、 」とだけ言い再び文字が敷き詰められたパネルへと目線をずらされてしまった。
それがなんだか寂しくて。
けれど心配してくれたのが嬉しくて。
ほくほくした気持ちでガタンと少し大きな音を立てながら椅子から立ち上がった。

「 もうこんな時間だし、そろそろ帰ろ?
     ボクに付き合わせてごめんね 」

彼もバッグにペンやノート、スマートフォンなどを素早く入れ、さっ、と立ち上がる。

「 気にするな。俺もいい時間潰しになった。 」

と少し笑ってくれた。
ボク達はこれくらいの距離が1番いいんだ。
この先の生涯、死に立ち向かうボク達はそのことだけを懸命に見ていればいい。
望まれた道筋を試行錯誤しながら、振り返らず、立ち止まらず。見続けていればいい。
ボク自身の、彼自身の気持ちはその後だ。
この時はそう思い込んで何も疑わなかった。




受験間近の2月。
彼からの着信が深夜に鳴り、メッセージを確認する。 「 ‪✕‬‪✕‬に着て。 」と短く綴られており、寒くない格好をし急いでその場へ向かった。
息を切らせながらも到着すると寒そうに鼻先を赤く染めた彼の姿が見えた。
なんだろう?とそわそわしつつも彼に歩み寄る。
“ どうした? ” という前に突如告げられた。

「 俺と死ぬ気ない? 」

…え?
吃驚して言葉が出なかった。
寒さのせいか上手く動かない口を無理やり動かす。

「 な、なんで?受験近いしどうして急に… 」

「 疲れたんだよ。 」

なんとか吐いた言葉をたった一言でかき消された。
鼻で笑って煽るようにしながら、だ。
ぽかんと口を開けているボクを近くにあった木まで追いやった。

「 “ 生きるのに疲れた ” って言ってる人がいたら絶対に救うんだっけ? “ 臨床心理士さん ” ? 」

とん、っと片手を木に置き、余裕の無さが滲み出た潤んだ瞳を見せた。
そして空いたボクの片手にグラスファイバーとエポキシ樹脂を高圧下で圧縮硬化させたようなものの感触がし、慌てて手元を見る。
そこには鋭く尖ったナイフがあった。

「 なあ、俺のこと、刺してくれない? 」

諦めたように笑う彼の首元には、首を絞められたような痕跡と、細い骨がくっきりと浮かんでいた。
先程までは思考が追いつかず、余裕の余地もなかったが改めてよく見ると以前、最後会った時よりも明らかに痩せていた気がした。
そしてボクは情報過多に圧倒され思考が停止し、時が止まったような感覚から開放されると同時にはっ、と気がついた。

ストレス性による痩せだ、と。

思い返せば彼は声変わり等の成長期が来る頃よりも前からずっと無茶をし続けていた。
顔色が死んだ人のように青白くなりながらも参考書を手に持てないくらい沢山抱え込み長時間勉学に励んでいた姿を何年も、何日も見ていた。
何故今までのボクは気づいてあげられなかったのだろうか。
彼の1番近くに居過ぎたから?
元々人間という名の生物に興味が無かったから?
今更気が付いた自分の無知さと無力さを怨み、頭の中が真っ白になった。
彼を刺す、殺すことが、彼の本望なのだろうか。
ボクより6cm弱背の高い彼を冷や汗をかきながら離さないように眼の中に収め瞬きを忘れてしまうほど見詰めた。
泣かないように必死に唇を噛んでいる姿を見て胸が更に苦しくなった。
何分沈黙の空間を過ごしたか分からなくなった頃、ボクは漸く決心した。
そして、問いかけた。

「 ねえ、ボクのこと、好き? 」

きょとんとする彼に作った笑顔を向ける。
笑わないといま心に定めたことが歪んでしまいそうで怖かったから、できるだけ可愛く、できるだけ自然と、できるだけ綺麗に。微笑んでみせた。
何を言い出すんだ、というかのように、咋に困惑の色を滲ませた彼は黙り込んでから数秒後に、薄くて綺麗な口をそっと開き、しっかりと意志を持った姿で言を発してくれた。

「 好きだよ。
     …自傷してたお前を見えしまった、
    出会ったあの日から。
    大きな喧嘩した時は深く後悔したし、何より…
    お前に、殺されたかった。嘘じゃない。 」

大きな喧嘩。それはきっと、たまたま家にお邪魔させて貰った時に彼の荒れ果てた家庭環境を知ってしまって、無理して医者にならなくてもいいんじゃないか。とボクが彼の今後の人生に干渉してしまった日の出来事のことだろう。
彼は見たことがないくらい怒りを露わにしていた。
爪が食い込むくらい拳を握り、今と同じくらい強く唇を噛んでいた。
瞬きをして無言で見つめ直すと言いにずらそうにした途端、顔を逸らした。
彼の言葉を聞いて、埋まらなかったなにかが埋まった気がした。
そして、何かが腑に落ちた気がした。

「 …そっかあ。
    ボクら、ずーっと相思相愛だったんだね。 」

なにも面白いことなんてなかった。
喜ぶべきところだったのに生命を持たない人形のようににこりと笑うボクを不審に思ったのであろう彼は1歩後ずさった。
その直後。
ボクは彼の大動脈の奥までグサリと刃を入れた。
「 うあ…っ… 」 と声を漏らし口からも血液を吐いた彼からナイフを抜き、彼に握らせそのままボクの大動脈にも刃を入れさせた。
…まさかこんな所で必死になって覚え込んだ医学の知識が役立つなんて。
予想を屈する強い痛みに襲われボクも「 がはっ 」 と口から出血した。
過去に読んだ医書が正しければ、大動脈をすぱりと切断すれば死ぬ。
流石にボクの力じゃ体外から大動脈を切るなんてことは出来ない。彼の馬鹿力でもきっと不可能だ。
それが本当か否かはまともに深堀りしたことがないからわからないけど、ボクらが過ごしているこの近くで飛び降り心中自殺できる場所なんてない。
ODと呼ばれる薬物の大量摂取も、モノが揃っていないしあったとしても彼はしてくれないだろう。
だから、こうするしかなかった。
彼を殺すことができて、死にたがりだったボクも彼と死ぬという幸福を実現できる。
この世から去る。という、2人の夢が同時に叶った。
最期になるであろう夢が、哀しいと思えるほど綺麗に、簡単に叶ってしまったのだ。

残った力を振り絞り、声を出す。

「 っ…、
     これで、死ねるよ。 ボクたち。 」

ボクのこの言葉を聞いてから震えた唇を使って口角を上げ、血に塗れた顔で微笑む彼。
これでいいんだ。と安堵した直後、ボクは立つ力が尽きぐわりと崩れ落ちた。
霞んだ視界。かなり朦朧とした意識。途切れ掛けの最期の景色。
彼がほんのりと笑みを浮かべたまま、綺麗な瞳から光を消した。
それに連られるように、ボクも呼吸を緩め淀んだ瞳から明るさを無くした。
4年間の片思い。片依存。
それが両思い。共依存。 “ 情死 ” として叶った。

…あ、最期くらい、ちゃんと伝えたかったな。




『 君のことを ずっと愛していた 』




って。

【 END. 】

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?