コンサルタントの「問題解決」ノート術 #1:なぜ、仕事が思ったように進まないのか
成果を出そう ———自分の自由な時間を作るために!
サラバ、残業、休出、持ち帰り!
楽して成果を出す、図解のパワー
はじめに
企業組織に属しているなら、個人かチームの違いはあっても、必ず成果を求められます。営業のように直接利益を生み出すプロフィットセンターや、システム部のように会社全体のインフラを支えるコストセンターの違いがあっても、やはり成果を求められます。
成果というものは、大きければ大きいほど、早ければ早いほど、評価が高くなります。評価が高くなれば、当然給料があがったり、昇進したりしますね。
でも、本当に、昇進のためであったり、高い給料のために成果を出そうとしているのでしょうか?飲み会にも行かずに月100時間の残業をしたり、家族との約束を破って休日出勤をしたり、家族が寝てから夜な夜な持ち帰った仕事をしていたりしていませんか?「そのぐらいしないと、成果なんて出せやしないよ」なんて鼻息が荒くなる人もいるかもしれません。
先日、丸の内のカフェで仕事をしていたら、隣の席の女性二人の会話が耳に入ってきました。どうやら、就活中の学生が、先輩にヒアリングをしている様子。いわゆるOB・OG訪問です。その先輩、「成果を出すのは大事だけど、限られた時間で出すことが一番大事。自分の時間は1日24時間しか無いでしょ?自分の時間全部使って成果を出しても、やりたいことが出来ないわけだし。」
いや、本当にその通り!
そして決めゼリフが「自分の自由な時間を作るために成果を出すのよ!」
こんな先輩がいるなら、誰でもその会社に入りたくなりますね。
「頑張って、頑張って、成果を出す」のではなく、目指すのは「限られた時間で十分な成果を出す」こと。つまり、自分のプライベートな時間も確保しながら、同時に会社で認められる成果を出すことを、本当は誰もが望んでいるはずです。
では、どうやったらそんなことが実現できるのでしょうか?
楽して成果を出したいですよね?
サラバ、残業、休出、持ち帰り!
誰でも楽に成果が出せるのが、ここで紹介する「図解術」です。ただし、実践しないことには成果は生み出せません。
実践しやすくするため、読みながら実践し、段々と図解術を習得していけるよう、丁寧に解説していきます。
なぜ、仕事が思ったように進まないのか
「最近、なんだか仕事がうまくいかない…」
みなさんも、一度はこんなことをつぶやいたことがありませんか?
ひょっとすると、いつもだよ、という人もいるかもしれません。
「対策を打ったのに、また問題が起こってしまった」
会社に遅くまで残って仕事をしてたり、時には家に仕事を持ち帰って休日返上でなんとかしようとがんばっている。誰もが成果を出そうと努力しているのに、思ったように仕事が進まない。それが今度はプライベートにまで波及して、なんだか家にも居づらくなってしまった、なんていう人も、ちょっと周りを見渡すとたくさんいたりします。
努力しているのに、それが成果に結びつかない時には、さらに努力すればなんとかなると思っていないでしょうか?
トラブルシューティング、いわゆる”火消し”に毎日追われていて、本来の仕事がなにか見失ってしまうということも、誰もが経験しているのではないでしょうか?
要は、思っていたことと違うところに原因があって、努力がいつの間にかムダになっていたり、努力の方向が間違っていたりするのですね。
もったいないことです。
もし、努力が成果に結びつかない本当の原因がわかり、その原因を上手く解決する方法を見つけられたら、仕事もプライベートも、もっと楽しくなると思いませんか?
もし、その解決策が自分だけでは実行できなくて他の人の協力が必要な時に、うまく周囲を巻き込むことが出来たら、もっと大きな成果が出ると思いませんか?
私も随分痛い目をみてきました。
サラリーマン時代、担当している業務で顧客に迷惑をかける大トラブルが起こってしまい、それを収拾するためにあらゆる策を実行したのですが、まったく解決せず。社長に呼ばれて進捗報告をしていたら、「ここにいる暇があったら、現場に行け!」なんて理不尽な怒られ方をされたり…
素晴らしくイケてるアイディアを思いついた時に、自画自賛しながら何人かに説明して、「やろうよ、よろうよ!」と協力をお願いしたらけんもほろろに断られて、結局、独りで何日も徹夜して孤軍奮闘してみたり…
「あの時、もうちょっとうまく出来たのになぁ。」と振り返って思う事もたくさんあります。
仕事がなぜ進まないのか?それにはいくつかのパターンがあるので、ひとつずつ考えてみましょう。
問題というのは、一体何でしょうか?
失敗、課題、過ち、難題、不平、不満と一緒くたにしてしまうこともしばしばある「問題」。とにかく、そのまま放置しておくわけにはいかない類のものであることは、間違いなさそうです。
ここでは、まず「問題」という言葉を定義しておきます。
オリンピックの金メダリストが、表彰台から降りた直後のインタビューで「今回の結果にとても満足しています。しばらくは、次の目標は考えられません。」と笑顔で答えているシーンを目にした事があるかと思います。
オリンピックまでの長い年月を、メダル獲得のプレッシャーの中で日々練習を続け、自分の技術、表現力、精神力を研鑽し続けたに違いありません。オリンピックまで彼女(あるいは彼)が厳しい練習を続けていたのは、なにか克服すべきものがあったからです。
「今の自分では、メダル獲得には程遠い。まだまだ課題を克服できていない」と思っているから、練習をしていたのではないでしょうか。
ここで、”今の自分”を”現状”、”メダル獲得”を”目標”と置き換えて考えてみましょう。この”克服すべき課題”こそ、「問題」の定義となります。
つまり、問題とは、現状と目標の間にあるギャップのことです。
そのギャップを分解して考えると様々な課題に分けられますが、ギャップが存在していることを「問題」と定義します。
問題が存在している場合、2つの状況が考えられます。
1つ目は、現状は申し分ないのだけれど、それに満足することなく高い目標を掲げた場合、そこにギャップが生まれます。
2つ目は、とりあえず掲げた目標はあるけれども、現状がまったく目標に達していない場合も、ギャップが生まれます。どちらかというと、こちらの方が多いかもしれません。
いずれにせよ、問題がある状況では、本人は大変かもしれません。
でも、目標に対してまだまだ道のりが遠い現状を嘆いて「問題だらけだ…」と嘆くのではなく、このギャップを直視して「ギャップを埋めればいいんだ!」と捉える方が気が楽になりませんか?
そこを埋める手立ては、後ほどご紹介するように、書き出すことで見つけることができます。”楽観的=あまり深く考えていない”と捉えがちですが、楽観的とは問題を直視して「ギャップを埋める」という考え方をする姿勢のことなのです。
ここでは、これが、問題解決に立ち向かうときの、基本姿勢であることを覚えておいてください。
さて、「問題は、目標と現状のギャップである」と定義できました。
目標があやふや
問題があやふやということは、定義から考えれば、当然「目標があやふや」あるいは「現状把握があやふや」かのどちらかであるはずです。私が見ている限り「目標があやふや」という場合も意外と多いように思います。「顧客満足度を向上させる」というフレーズはよく耳にしますが、これなんかはあやふやな目標の典型です。
目標の掲げ方次第で問題が変わってしまう例を考えてみましょう。
たとえば、「この部屋の温度は、38℃ある」という現状は問題だと言えるでしょうか。照らし合わせるのは、目標です。気温が38℃というのは、客観的で計測可能な紛れもない事実です。現状把握があやふやではありませんね。
もし、目標が「この部屋でホットヨガをするための環境を整える」だったら、問題でしょうか?問題ではないでしょうか?一般的にホットヨガとは、室内を室温38℃・湿度65%の状態の中で行うヨガのことですから、問題にはなりません。
では、目標が「クールビズを実施する」だとどうでしょう?エアコンをつけずに省エネに貢献しているかもしれないですが、これではオフィスで仕事は捗りませんね。この場合は、38℃という室温は「問題」だということになります。
要は、照らし合わせる目標がはっきりしていなければ、問題の有る無しだけでなく、問題の中味や重大さが大きく変わってしまいます。
別の例をみてみましょう。
ある企業では、中国を担当する海外事業部で「売上前年比15%アップ」の目標を掲げ、目標達成に向けて一丸となって事業活動をしていました。この目標は、なんと5年連続達成を果たし、事業部の売上は誰の目からも驚異的な伸びを示していました。
ところが、次年度の事業計画を立てようと改めて市場調査をしてみたら、中国市場全体の伸び率はこの5年間年率30%を越えていたのです。つまり、「売上前年比15%アップ」という目標は達成していたのですが、実態は市場成長率よりも低い伸び率でしかなく、市場におけるシェアを年々失っていたのです。
目標を達成する能力が足りなかったのでは無く、目標が達成できてしまったので手を抜いている間に、競合はシェア拡大を目標として攻めていたことが後になってわかりました。
現実の認識も目標もあやふやなままだと、どこからどこへ進めばいいのかわからず、やることなすことが明後日の方向に向かい、努力が徒労に終わってしまうことも少なくありません。
関係者の認識がばらばら
職場では、ひとりで仕事をしているわけではないので、同僚、上司、部下など複数の人間がチームという形で取り組んでいることがほとんどでしょう。
仕事が進まない2つめのパターンは、関係者の認識が三者三様で意見がまとまらなかったり、共通認識を持っていると思っていたら求める成果がまったく違っていたりするパターンです。
典型的なのは、会議で起こる”空中戦”。
事前に紙資料を準備していたり、プロジェクタにパワポのスライドを映し出して行う様々な会議がありますが、それらを元にしていながら互いの意見をただただ口頭だけで議論し合っているのが”空中戦”です。
同じ議論が何度も繰り返してしまうループ状態になって、何の結論も出ずに延々と時間が過ぎる経験はありませんか?
段々と議論がヒートアップして、仕舞いには怒鳴り合いとなるシーンも。
議論すべきトピックスが何かを忘れてしまい、焦点がばらばらのケースです。
まとまらない原因は、ほかにもあります。
同じ会社にいて、日常的にも同じ言葉を使っているのにもかかわらず、その言葉の定義が違っている、ということ。
たとえば、工場での生産計画を立てたり、配送の手配をかけてり、コンタクトセンターのオペレーターの人員を確保したりするために、企業内では「需給予測」あるいは「販売計画」という数字が起点となります。
専門スタッフが短期の販売量を、さまざまなところから情報を集め、マーケットの情勢を加味して需要予測として決定し、社内に通達されます。
このような業務に携わっている需給予測スタッフに、「予測は当たりますか?」と聞いてみると、「当たります!」という答えが返ってくる場合がほとんどです。当てることを仕事として日夜奮闘しているわけですから、そういう答えが返ってくるのは当然ですが、本当に当たるのでしょうか?
一度、需給予測を行う部署の方に、こんな質問をしてみたことがあります。「計画と実績がどのくらいの差であれば、”当たった”と言いますか?」すると答えは、
「計画と実績の差がプラスマイナス10%以内なら、”当たり”です。」
どうでしょう?
「プラスマイナス10%なんて、当たっているとは言わないんじゃないの?」
と思う人もいるかもしれません。
宝くじに”当たる”ことと、需要予測が”当たる”では意味が大きく異なるのです。したがって、会社の中では日常的に「当たる、当たらない」と会話していても、話す側聞く側の認識がずれている可能性があります。
このように、用語の定義がされていないために、解釈がばらばらのケースもあります。
記憶は、ひとそれぞれ
同じ事柄を指していても、それぞれの記憶が異なることがあります。
みなさんは、2001年9月11日のことを覚えていますか?世界を震撼させた同時多発テロが起こったとき、何をしていましたか?
2011年3月11日の東日本大震災の時はどうでしょう?
人は、大災害や大惨事など、衝撃的で大きな事件の時に、それについて克明にしかもその時の感情も併せて鮮明に記憶し、何年経っても記憶を蘇らせることができる場合があります。これは「フラッシュバルブ記憶」と呼ばれ、フラッシュがたかれた瞬間に自分がいた場面を隅々まで無差別に記録する写真と似ていることから命名されました。
日常の出来事の記憶なら「ちょっと怪しいな」と思いますが、重大な出来事に対する記憶は正しいと思いがちです。しかし、多くの研究者が、この強烈なフラッシュバルブ記憶を対象に、記憶の正確さを検証する実験を行いましたが、どの研究でも事実が歪んで記憶されているという結果が出ています。
このフラッシュバルブ記憶の研究で明らかになったように、記憶の曖昧さは日常の出来事でも同じ程度です。そこで面倒なのは「重大な出来事は、正しく記憶している」という根拠の無い自信が付け加わることです。
会社の中でも、過去に大きな成果を出した人が「あの時のことは鮮明に覚えている。当時もいまとまったく同じ状況だから、あのときに競合からシェアを5ポイント奪った同じ戦略がうまくいくのさ!」と滔滔とまくし立てるのを聞いたことがありませんか?
”記憶の錯覚”、特に大きな出来事についての錯覚は要注意です。”同じ状況”が本当なのか、”5ポイント”が本当なのか、”奪った”のが本当なのか、よくよく確認することが必要です。さらに、関係者が複数いれば、同じ事実に対して認識がそれぞれの歪み方をしているはずです。このように、記憶がばらばらのケースもあります。
話がかみ合わない、なんとなくしっくりこない、というときは、こんなところに原因があるのです。
結論がずるずる
突っ込みどころ満載で後戻り
解決策というのは、その業務に通じているとすぐにいろいろと考えつくことができます。経験が物を言うというか、勘が働くというか、とにかくどんなアクションを取るべきか自分自身が決めることはそう難しくありません。
ところが、それを周囲に納得してもらうのが大変。あっちに話しを聞き、修正してはまた別のところに確認に行き、まとまったと思ったら上司からのツッコミが入り…
稟議書のような大袈裟な結論を出すのに時間が掛かることはわかりますが、実は日常的な決定事項が決まるまでに多くの時間を費やし、決まったと思ったらまた後戻りして時間を浪費してしまうことがとても多いのではないでしょうか。
ヌケモレが無いようしっかり時間を掛けて検討したのに、いつまで経っても指摘事項がなくならず、どんどん追加検討が増えてしまうケースがあります。こんな時は、「検討不足だ」とか「視野が狭い」とか「安易すぎる」なんてお叱りの言葉を頂戴してしまいがちです。
指摘されてみると”なるほどその視点は抜けてた”と思っても、次にそれをちゃんと実施できるかというと、なかなかそう簡単にできません。
こういう場合に、3Cや4Pや5フォースやSWOTやマインドマップなどのフレームワークを付け焼き刃で試してみた方も多いのでは。
「フレームワークを駆使してみたけど、やっぱり指摘が減らないなぁ」なんていう経験は私もあります。
検討課題がずるずると増えてしまうのは、問題解決のために考慮すべき情報を網羅できていないことや、本当は無関係な検討事項が周囲から降ってきてしまったりするからです。
総論賛成、各論反対で振り出しに戻る
もうひとつよくあるのは、自分の所属部署ではゴーが出たけれど、関係部署に話しをもっていったらノーと言われるケース。
会社の中では、こういうことが起こらないよう事前の”調整会議”なるものがたくさん行われていますね。自部署では通ったのだから、こっちはそのままの案でなんとか通してしまいたいと思っても、向こうの抵抗にあって突き返されることもしばしば。
会議で表立って議論してもしょうがないから、根回ししたり飲みにいって盛り上がって通しちゃおうとついつい思いがちです。
”総論賛成、各論反対”というのがまさにこの状況。
この時、相手の頭の中に渦巻いているのは、その解決策は確かに問題を解決するかもしれないけれど、それによって起こる悪影響のことです。
”副作用”と呼んでもいいでしょう。
たとえば。
売上増加を図るために、マーケティング部門からキャンペーン実施の案が出たとしましょう。マーケッターの提案書には、キャンペーンにいくら掛けるとどのくらいのリーチが稼げて、結果として期間中の注文が何割増え、キャンペーン費用を差し引いても十分な利益が残る…というようなストーリーにきっとなっているはずです。
この提案に、ロジスティックス部門が異議を唱えます。キャンペーンはいいけれど、プレゼントするグッズは製品とセットにして出荷する必要があり、倉庫内でそんなセット作業をするスペースも人員もいないし、その作業費がどの部門につくのか明確になっていない、等々。
このように、解決策の影響がどこまで及ぶのかがきちんと網羅されていないまま話しを進めてしまうと、結論が出ないままいつまでも協議だけ続いてずるずる先延ばしになってしまいます。
まとめ
問題があやふやだったり、認識がばらばらだったり、結論がずるずる先延ばしになったりすると、いかに仕事が進まないか、成果が出ないか、みなさんも思い当たることはたくさんあるのではないですか?
目標と現状が明確になり、関係者全員の共通認識ができ、網羅的かつ副作用の発生を未然に防ぐ策も盛り込んだプランができれば良さそうですよね。
では、どうやったらそんなことが出来るのでしょうか?
とてもシンプルですが、それは「書き(描き)出す」ことなのです。
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