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前略,14

もう何年も前に二十四時間営業を止めていたのを忘れて、エジンバラの前まで来た私と、そこをたまたま通りがかったみどりが再会する。それはあまりにもできすぎた偶然で、一瞬私は夢を見ているのではないかと思った。

それはみどりも同じだったようで、私たちはしばらくの間呆然と見つめあったまま、その場にただずんでいた。
「ほんとにナギサくんだ」
みどりはぱちぱちとまばたきをして、しみじみとそう言った。あまりに唐突な再会に、みどりも私も、互いにどんな態度を取ればいいのか、つかみあぐねていた。なにせ、私たちはほとんど十年ぶりに再会したのだから。

みどりにききたいことは山ほどあったような気がした。今どんな仕事をしているのかとか、今も学生の頃と同じアパートに住んでいるのかとか。しかし、まるで予想しなかった再会をしたこのとき、そうしたことはちっとも気にならなかった。ただ、みどりにもう一度会えたということだけがたしかな実感とささやかな感動をともなって、私の胸に響いていた。

みどりは、ちょうど家に帰るところらしかった。飲み会帰りの私と違って、みどりは素面のようだった。本当だったら昔のようにエジンバラに入りたかったが、あいにくエジンバラは、もう何年も前に二十四時間営業を止めていた。みどりも同じことを考えていたようで、ライトの消えた店の看板をちらと見て、ほんの少しさみしそうに笑った。

「ほんとに二十四時間じゃなくなったのね」
 それはまるで、また心のどこかではその文化を信じていないような、どこか不思議そうな言い方だった。
「そうだね」
と私は心から名残惜しむ声を言った。

多分、これを逃すともう二度とみどりと会うことはないかもしれない、と思った。この十年の間、思えば私は何度となくみどりとの再会を夢に見ていた。多分、自分でも気づかないうちに、ふとした瞬間、それは仕事帰りの駅のホームだったり、スーパーの食品売り場だったり、生活のそこかしこで、私は、みどりの面影を思い描いていた。桜子さんのあの問いかけに、今ならはっきりと答えることができた。

私がもう一度生まれ変わってもめぐり会いたい人。それはみどりの他にいなかった。頭で考えることではなく、心がそう感じていることだった。本当は、ずっと前からこの答えにたどりついていた気がする。しかし、それを認めるのは怖かったのかもしれない。こうして夢想の中ではなく、現実の、それも思い出深くてたまらないエジンバラの前で再会してしまうと、もうどうしようもないほど、目の前のみどりに恋焦がれている。

こんな単純なことを受け入れるまで、私はほとんど十年もの歳月を費やしてしまったのだと思うと、自然と笑いがこみ上げてきた。
「どうしたの」
とみどりがきいた。彼女は、ひどくなつかしい感じがする微笑を浮かべていた。その表情は、何かを雄弁に物語っているみたいだった。十年の歳月をへだてていても、みどりはみどりだった。

私は小さく首を横に振ってから、深呼吸をした。言うべき言葉はいくらでもあるような気がした。けれど、言いたい言葉を選ぶのは、そう難しくなかった。いきなりそんなことを言ってみどりに拒まれるのではないだろうか、というような不安は自分でも清々しいほどに不思議だったが、少しも沸いてこなかった。きっと酔っているせいかもしれなかった。ふと、みどりと私のエピソードを、上司や後輩に話してみたいと思った。

それから、今度会ったときには大森と桜子さんにも、みどりのことを聞いてもらおうと思った。
「どうしたのナギサくん」

黙ったままへらへらとしている私を、みどりがまっすぐに見ていた。昔と変わらない、素敵な微笑に、目の奥が熱くなった。
「ちょっとこの後話せないかな。言いたいことがあるんだ」


 *


こうして十年ごしに再会した後、今に至るまで、それなりの紆余曲折があった。それらについて語るべきことは多いのだが、それはまた後日の機会にゆずろうと思う。

なにせ、誰にでも人には言いにくいことの一つや二つはあるのだから。それに、正直なところ、今はまだ、私にはそうしたことを語る言葉の持ち合わせがないのだ。もっと正直に言って、みどりと私の身に起こったあれやこれやについて、わざわざ他の人に明かすのは野暮だという気がしているのだ。

とは言え、ここまでお読みくださった読者諸兄への最低限の礼節として、ごく簡単に、事の顛末を記しておきたいと思う。
再会から数年も経たないうちに、私たちは東京を後にした。それからは、私とみどりはひっそりとごくごく穏やかに暮らしている。いざ東京を離れて、いくつかのしがらみから無縁の暮らしの中に身を置くと、案外悪くなかった。

東京を離れて暮らすためのもろもろの用意を買って出てくれたのは、大森であり、葵さんであり、ナツ兄である。故郷の瀬戸内海を望む静かな暮らしは、かつては退屈の象徴だったというのに、みどりと二人ならば、ちっとも悪くなかった。

あの夜、十年ごしに再会したみどりは、私がまだ独身だと知ると、
「てっきりとっくに葵さんと結婚でもしているのかと思ってたよ」
 といたずらっぽく笑った。相変わらずの皮肉のきいたユーモアだった。

みどりが初めて葵さんに会ったのは、私とみどりが転がり出るように東京を後にしてからだった。瀬戸内海を望める私の地元の光景にひとしきり感動したみどりは、いざ葵さんに会うと、あいさつもそこそこに、

「わたし、学生のころからずっと、てっきりナギサくんは葵さんと結婚するんだろうなって思ったので、今もまだびっくりしてます」
などとにこやかに言うものだから、面食らってしまった。一方の葵さんも葵さんで、愉快そうに笑って、

「ナギくんはねえ。弟みたいなものだからねえ。おもらししてた頃から知ってるわけだから」
 などとおおらかに私をネタにして、あっという間に二人は親しくなってしまった。夜は葵さんたちと私とみどり、そこにナツ兄も途中から加わって酒を飲み、翌日にはまるで長年の付き合いがあったかのようにみどりは葵さんたちやナツ兄とざっくばらんにおしゃべりをしていた。

ナツ兄と駆け落ち同然で町を離れた英語教師であった女性は、十年前に亡くなっていたらしく、私とみどりは、ナツ兄につれられて墓参りをした。前夜、ナツ兄とその英語教師だった人の顛末については聞いていた。ナツ兄は、落ち着いた口調で話をし終えると、少しだけ涙ぐんでいた。私も葵さんたちも泣かなかったが、みどりは泣いた。それが嬉しかったらしく、ナツ兄は私たちを彼女のお墓に案内してくれたのだ。

お墓の前で、みどりはまた泣いた。静かな泣き方だった。それから目を閉じて手を合わせ、みどりはナツ兄よりも私よりも長い時間、まっすぐな立ち姿で、会ったこともない女性の墓前で手を合わせていた。

その日の夜、また家具もそろいきっていない家に帰って食事を済ませ、ソファに並んでぼんやりテレビを見ているとき、ふと私はみどりに訊いてみようと思った。

「今日のお昼さ、ずいぶん長いこと手を合わせてたね」
「うん。夏樹さん、いい人だったからさ、きっと華さんも素敵な人だったんだと思って。わたしとナギサ君がこれから先長生きして一緒にいられますように、ってお願いしてみた」
 みどりはさみしそうに笑って、そう言った。私はみどりのそういうところが好きだと改めて思った。何か気の利いたことを言おうとしたが、言うべき言葉が見つからず、しばらく黙っていると、みどりの指が私の手に触れた。私も何も言わず、手をつないだまま、しばらくそうやってテレビを眺めていた。

こんなふうに平凡な毎日がいつまでも続いてくれたらいいな、と強く思いながら、みどりの横顔をうかがうと、彼女も私を見つめていた。みどりの瞳の中に私の顔が映っているのが嬉しくて、つい笑いをもらすと、彼女も同じように笑った。


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