マルナオから考える競争力としてのXIの重要性

 新潟県三条市に本社を置く箸づくり企業「マルナオ(MARUNAO)」をご存知でしょうか。刃物や金属洋食器などの金属製品を中心に、世界に誇る多種多様な製品を作り出している燕三条を知る上では欠かせない企業の一つです。

1939年創業。墨坪車をはじめ、千枚通しや糸巻きなどの大工道具を手がける。現在では先人からの職人の手技と最先端技術を融合させた「食する道具」として、口当たりの良さを追求したお箸をつくるほか、黒檀のスプーンや万年筆などのステーショナリーも製造している。

 2015年5月に初めて本社(工場+ショップ併設*)を訪れてからこの企業の大ファンでして、誰かに何かプレゼントをする場合は必ず候補に挙がりますし、時に、伊勢丹や三越にある取り扱い店にも見に行くほどすっかりと魅了されています。今年も工場の祭典*のタイミングに併せて久しぶりに燕三条を訪れ、当然マルナオにもお邪魔してきました。

※ものづくりの町 燕三条ではオープンファクトリーが推進されており工場見学が自由にできる。工場の祭典は毎年10月初旬に1週間弱の間行われているオープンファクトリーのお祭りのこと。

 2015年、マルナオに初めて訪れた時はただただ驚く事ばかりでした。写真とともにその時の驚きを振り返ってみたいと思います。

 まず、田園風景の中に突然現れるハイセンスなエスセティクスの建物で「ここんなところに工場?」「ここが工場?」と誰しもを思わせます。丸印のロゴマークはシンプルデザインで「社名」と共に記憶に残りました。

 工場に入ると、製造現場をショールーミングのごとくガラス越しに眺めることができます。箸の先端を研磨するその姿はまさに達人。箸を持った時の指の感触に限りなくこだわりっていて、仕上げはとても繊細なので、全て手作業で行っています。ちなみにBGMも今風お洒落な感じでした。

 そして、極め付けが工場に併設されている「スーベニアショップ(お土産屋さん)」のコミュニケーションデザインです。「展示」「レイアウト」「内装」「パンフレット」「接客」と職人によって作られた「プロダクト」とそれらが結びつき、大変高級感溢れるハイセンスショップとなっています。そこは「ここは東京の表参道?」と錯覚するほどに洗練されていました。

 こんなド田舎には似つかわしく、当時の自分にとって全てが強烈でセンセーショナルな出来事でした。ここまで魅せられたら商品を買わないわけにはいかないということで、両親へのプレゼントにお箸セットを購入しましたよ。(金額は忘れるほど高かった....)

 その場にいたマルナオの会長に聞いた話では、平日でもわざわざ東京からここまで足を運んでくれる人が少なくないようで「マルナオは固定ファンがついた立派なブランドだ......」と強く感動したのを今でも覚えています。この上ない質の高い体験とあの感動が今年の再訪を決めた動機といって間違いないでしょう。

XI(エクスペリエンス・アイデンティティ)

 少し話が逸れますが、最近「XI(エクスペリエンス・アイデンティティ)」という「体験を統一させる」考え方があることを知りました。CI(コーポレート・アイデンティティ)やVI(ビジュアル・アイデンティティ)と同様に企業のアイデンティティを表すもので「XI」は「体験」を表します。

 キッカケはデザインイノベーションファーム TakramのPodcast(#TakramCast)を聞いていた時に、番組内で田川さんがブランドとしての「XI(エクスペリエンス・アイデンティティ)」の重要性を提案されていたところにあります。

その内容を図にするとこんな感じです。

 そこでは、体験価値の時代におけるブランド作りはVI(ビジュアル・アイデンティティ)からXI(エクスペリエンス・アイデンティティ)へと進化し、VIよりも上位の概念に当たるものとしてXIを紹介されていました。

 そして、XIを規定する存在としてCXO(チーフエクスペリエンスオフィサー)やデザイン組織の活用により付加価値の高い体験価値を創造し、知財制度は体験にまつわる知的財産の積極的な保護を目指すべきだと話されていました。

 また、プロダクトの構成要素がハードウェア、エレクトロニクス、ソフトウェア、ネットワーク、サービス、データ、AIとなり、コネクテッドする時代には全産業がインターネットとデジタルに包摂されるため「体験価値」が力強くなるとして「XI」の重要性を説いていました。

マルナオでの上質な体験はXIによるものだった?

 「XI」を知ってからは様々なサービスやプロダクトをその視点で観るようになりました。ある企業やサービス・プロダクトが「どれほど体験価値に重きを置いているか」に関しては意識すれば日常的に測ることが出来るので毎日ケーススタディしてます。

 ちなみに「XI」はUXデザインと密接でwebサービスやスタートアップで考えられるものと思われるかもしれませんが、決してインターネットやデジタルに限定されるわけではありません。ショップやエンターテインメント、電車やホテル、自動車や洗濯機、スマートフォンなど私たちが接する全てのサービスとプロダクトにおいて適応されますし、考えるべきことになります。

 ここで思い出したように「マルナオの体験はXI的な考え方から生まれたのではないか?」という仮説が立ちました。体験当時は2015年でその当時にXIは無かったですし、だからXI的にです。

 「オープンファクトリー」というサービス上にある、あらゆるインターフェースの「体験価値」を考え抜いて設計した結果が、あの社屋であり、ロゴマークであり、工場のデザインであり、ディスプレイであり、ショップのデザインであり、パンフレットであり、接客であり、BGMであったのではないかと。

 今考えても、あのひと繋がりの心地よい体験は全体を見通してストーリーボーディングされていない限りは絶対に成立しないと思いますから、そこにはやっぱりXI的なアイデンティティがあったのだろうと想像しています。

 現在も、XIから設計することが圧倒的な競争力を生む(=ブランドになる)として自らの体験と結びつけて理解を進めています。

最後に

 ちなみに、燕三条ではマルナオだけでなく、スノーピーク須和田製作所包丁工房タダフサ玉川堂といった企業からも同じようなオープンファクトリーの体験を得ることができます。

 広い町にそれぞれ点でバラバラに位置するため、車で移動しながらその体験を積み上げていくことになるのだが、不思議なことに回っていくうちに「もっと色んな会社を回りたい欲」が湧いてきます。

 そうすると「企業群の体験価値」が無意識のうちに「その地域での体験価値」にすり替えられ「燕三条はとてもいい町、面白い町」となります。

 このように考えていけば「町おこし」にもXIが考えられるCXO的な人やデザイン組織があればいくらでもいい町が作れる気がしています。(ただインターフェースの数が多すぎる、個別性に富むなど問題は多くありますが)

 「地方創生はインスタ映えが鍵」など町づくりについてトンチンカンなことを言っている人もいるけれど、現在の私の考えでは「町づくりは体験価値(XI)から」です。それでは今日はこの辺で。


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田中新吾|ハグルマニ
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