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(バイサイドの弁護士からみた)LBOの実務・第5回 ⑥SHA締結、⑦委任契約締結


ども。弁護士の後藤慎吾です。

「(バイサイドの弁護士からみた)LBOの実務・第5回」は、「⑥SHA締結」と「⑦委任契約締結」のフェーズについて解説します。

「⑥SHA締結」と「⑦委任契約締結」は、「(バイサイドの弁護士からみた)LBOの実務・第1回」でアップしたスキーム図でいうと、以下の「M&Aフェーズその2」の一場面です。

M&Aフェーズその2

SHAと委任契約を締結するタイミングとしては、SPAを締結したあと、クロージングする前というのが多いかなと思います。この場合、SPAの「買主の義務の前提条件」に「SHAと委任契約の締結」を規定して、クロージング前のSHAと委任契約の締結を確保するようにします。

ではサクッとSHAと委任契約について解説していきましょう。

SHA

SHAとは

SHAは、Shareholders Agreementの頭字語であり、日本語では株主間契約といいます。文字通り、ある特定の株式会社の株主間で締結する契約です。

株式会社は会社法や定款の規定に従って運営され、また、株式の取扱いについても会社法や定款の規定に従って行われますが、それらに従うだけではある株主にとって不都合な場合や希望が満たされない場合が生じます。そのような、ある株主にとって不都合な事態が解消され、またその希望が満たされるように、株主間で契約を締結することがあり、これをSHAといいます。

LBO案件との関係でのSHAは、上記のスキーム図の「買主(SPC)」の株主間で締結される契約が該当します。ですので、SPCの株主が1社のみである場合はSHAの締結は当然不要です。

ただ、「(バイサイドの弁護士からみた)LBOの実務・第1回 総論」で記載した通り、本連載の前提は、
①スポンサーはPEファンド
②対象会社は非上場会社
③対象会社の株主は、対象会社の創業者兼代表取締役A、取締役B(Aの妻)、取締役C(Aの息子)、取締役D(Aの娘)
④A:B:C:Dの対象会社の株式の持株数はそれぞれ100株、30株、10株、10株
⑤売主(A乃至D)は、買主(SPC)に対してその有する対象会社の株式のすべてを譲渡すること
ということでしたが、このようなオーナー会社の買収の場合にしばしば採用されるのは、「⑥Cはクロージング後も対象会社(クロージング後は合併存続会社)に代表取締役として残り、また、SPCの株式を引き受けてその少数株主となる(A、B、Dは対象会社の取締役を退任、SPCにも出資しない)」というように、対象会社の既存取締役の一部がクロージング後も代表取締役として残り、また、SPCの少数株主となるという建付けです。

スポンサーが同業他社であるような場合には、クロージング後の対象会社の役員をすべて自社から派遣することが可能であることもありますが、PEファンドがスポンサーとなる場合は、そういうわけにもいかず、特に、クロージング後に対象会社の業務執行を行う役員は対象会社の役員・従業員から選任するか、外部から招へいする必要が出てきます(なお、業務執行は行いませんが、経営管理の観点から、PEファンドの人員が一定数、対象会社の役員として選任されます)。そして、対象会社の事業の継続性の維持の観点からは、上記の設例のCに対象会社の経営を担う能力・意欲がある場合には、Cに対象会社の代表取締役を任せるというのはPEファンドにとって自然な選択になります。

PEファンドからすると、クロージング後の対象会社の役員には一生懸命働いてもらって、対象会社の企業価値を高めてもらう必要があります。この場合の対象会社の役員のインセンティブとしてSPCの株式の一部を引き受けてもらうこととするのです。対象会社の役員としても、PEファンドのエグジットの時点でPEファンドとともにSPCの株式を売却して対象会社の成長の果実を享受できるのであれば、役員在任中は対象会社の企業価値の向上に向けてハッスルするはずです。

というわけで、LBO案件ではSHAが締結されることが多いです。

SHAの内容

買主(SPC)は、上記のスキーム図の「対象会社」の買収を目的としたビークルですが、SPCの株主は、SPCを通じて対象会社に対しても支配を及ぼすことができるので、LBO案件のSHAでは、SPCだけでなく、対象会社の運営に関する事柄についても規定します。また、LBO案件では、最終的にSPCと対象会社は合併により1つの会社になるので、SHAもそれを前提として作成する必要があります。

以下では、LBO案件のSHAでよく規定される(1)対象会社の機関設計(2)SPCの株式の取扱いについて見ていきましょう。

(1) 対象会社の機関設計

LBO案件のSHAでは、クロージング後の対象会社の機関設計について規定します。

中小の株式会社は、取締役会設置会社でないことも多いですが、PEファンドがスポンサーとなって買収する場合は、対象会社の代表取締役がPEファンドの知らないところでよからぬ事業運営をしてしまうリスクを低減するため、対象会社は取締役会設置会社に移行します。そうなると、対象会社では、少なくとも、取締役3名と監査役1名の選任のほか、代表取締役1名の選定が必要となりますが、これらの者の指名権をSPCの特定の株主に認める場合には、SHAでそれについて規定します。

また、取締役会の承認が必要となる事項については会社法362条4項に以下の規定がありますが、同項柱書の「その他の重要な業務執行」が何を意味するのかや同項各号の概念がどこまでの広がりを持つのかが明確でないことから、SHA(や対象会社の取締役会規程)で取締役会の承認が必要となる事項を具体的に定めるのが一般的です。

取締役会は、次に掲げる事項その他の重要な業務執行の決定を取締役に委任することができない。
一 重要な財産の処分及び譲受け
二 多額の借財
三 支配人その他の重要な使用人の選任及び解任
四 支店その他の重要な組織の設置、変更及び廃止
五 第六百七十六条第一号に掲げる事項その他の社債を引き受ける者の募集に関する重要な事項として法務省令で定める事項
六 取締役の職務の執行が法令及び定款に適合することを確保するための体制その他株式会社の業務並びに当該株式会社及びその子会社から成る企業集団の業務の適正を確保するために必要なものとして法務省令で定める体制の整備
七 第四百二十六条第一項の規定による定款の定めに基づく第四百二十三条第一項の責任の免除

会社法362条4項

(2) SPCの株式の取扱い

(i) 少数株主のSPC株式の譲渡禁止

PEファンドからすると、SPCの他の株主がSPCの株式を第三者に譲渡できるとすると、上述した役員のインセンティブのためのSPCの株式の付与という目的にそぐわないものとなるため、SHAでは、SPCの他の株主は、PEファンドの承諾なく、SPCの株式を譲渡できないと定める必要があります。

なお、SPCの定款でSPCの株式について譲渡制限条項を定めればよいではないか、とお考えになる方もいるかもしれませんが、ある会社の株主が当該会社の株式を譲り渡す相手を見つけてきた場合には、当該会社の定款に譲渡制限条項があったとしても、当該会社が当該会社の株式の譲渡を承認しない場合には、当該会社や指定した第三者が当該株式を買い取らなければならないことになるなど、かなり面倒なことになるので、SHAでこの点について合意しておく必要があるのです。

(ii) タグアロングとドラッグアロング

PEファンドは、存続期間が限られ、存続期間中にSPCの株式を売却するなどして現金化し(これを「エグジット」といいます。)、PEファンドの投資家に対して出資金を返還し、利益・損失を分配します。そして、PEファンドがSPCの株式を売却する際には、その買主候補者から、SPCの株式のすべてを取得することが取引の前提となると伝えられることが多いです。買主候補者からするとSPCの株式をすべて保有できれば経営の自由度が高まるからです。逆にいうと、PEファンドのエグジット後もSPCに少数株主が残ってしまうことは、PEファンドのエグジットの際の買主候補者の選定や取引の条件決定にあたって不利な事象となるのです。そこで、SHAで、PEファンドは、自らがエグジットする場合には、SPCの他の株主に対して、同一の売却先に対して同一の条件でSPCの株式を売却するように請求する権利を有すると規定します。この権利をドラッグアロングライト(Drag-Along Right)といいます。Drag Alongというのは、日本語でいうと「無理やり引きずっていく」という意味ですが、LBO案件では、まさにPEファンドがSPCの他の株主をエグジットまで引きずっていくイメージです。

これに対して、SPCの他の株主の方でも、PEファンドがエグジットする場合には、PEファンドと共に、同一の売却先に対して同一の条件でSPCの株式を売却したいという意向を持つ場合があります。SPCの他の株主としてもPEファンドとの信頼関係があるからこそ一緒にやってきたところがあり、また、PEファンドが保有するSPCの株式と共にSPCの100%の株式として売却する方が有利な条件を獲得することができるからです。ですので、SHAで、SPCの他の株主は、PEファンドに対して、PEファンドがエグジットする場合には、同一の売却先に対して同一の条件で自らが保有するSPCの株式を売却できるようにアレンジすることを請求する権利を有すると規定することがあります。この権利をタグアロングライト(Tag-Along Right)といいます。Tag Alongは「後をついて行く」という意味ですから、SPCの他の株主がPEファンドにエグジットまで連れて行ってもらうイメージです。

(iii) 少数株主が保有するSPC株式の買取請求権

対象会社の役員にSPCの株式の一部を保有してもらうのは、当該役員のインセンティブのためですので、SHAにおいて、当該役員が役員を辞任したり、職務を著しく懈怠したような場合など、その目的にそぐわない事態となった場合には、PEファンドが、対象会社の株主兼役員に対して、その保有するSPCの株式を、PEファンド又はPEファンドが指名する第三者に売却するよう請求する権利を有すると定めることがあります。

委任契約

PEファンドがスポンサーとなるLBO案件では、対象会社とその役員(とりわけ上記の設例のCのような代表取締役)の間で委任契約を締結します。中小企業では、株主総会で役員の選任決議がなされた場合には、役員が就任承諾書に押印するだけで、会社と役員の間で委任契約を別途締結することは少ないと思います。会社法330条は、株式会社と役員の間の関係について以下の通り定めています。

株式会社と役員及び会計監査人との関係は、委任に関する規定に従う。

会社法330条

会社法330条の「委任に関する規定」は、委任契約について定めた民法643条から同法654条を意味し、例えば、受任者の注意義務について定めた民法644条は以下のように規定しています。

受任者は、委任の本旨に従い、善良な管理者の注意をもって、委任事務を処理する義務を負う。

民法644条

また、会社法でも役員の職務遂行に関して様々な規律が定められており、例えば、会社法355条は、以下のように、取締役の忠実義務を定めています。

取締役は、法令及び定款並びに株主総会の決議を遵守し、株式会社のため忠実にその職務を行わなければならない。

会社法355条

ですので、一般的には、わざわざ会社と役員との間の委任契約書を作成しなくてもワークするのですが、PEファンドが特定の人物を対象会社の役員として選定して職務遂行を委託する場合には、①役員に対するインセンティブプラン、②競業避止義務、③辞任の制限などの民法や会社法の規律を超えた事項について合意する必要があり、役員に就任承諾書に押印してもらうだけでは足りず、別途、対象会社と役員の間の委任契約書を作成することが必要となります。

おわりに

今回取り上げたSHAと委任契約は、ともにPEファンドがクロージング後に想定する対象会社の事業運営の基本的枠組みを言語化するものであることから、LBO案件における重要な法的文書のうちの1つになっています。

PEファンドとしては、最終的なエグジットまでの道筋を確保するため、押さえるところは押さえながらも、対象会社の事業運営を任せる役員・従業員には、それぞれの能力を発揮して存分に働いてもらえるようにするためにどのような枠組みを構築するのがよいのかを考える必要があります。互いが信頼関係をもって対象会社の事業を推進するためには、対象会社の役員・従業員にそこで働くベネフィットを感じてもらえるようにする必要がありますし、各種契約のワーディングであまりに締め付けが過ぎたり、搾取的な内容のものにするのも考えものです。ビジネスを担うのはあくまで社内で働く人ですので、これらの人が頑張ろうと思える制度設計が求められます。

ではでは。

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