メカちゃん5 あなた運がいいのよ(3)
ローソンからおばあさんの家への帰り道は、行きよりも2倍時間がかかった。
おばあさんは行ったり来たりを繰り返す。
狭い路地にはいりこみ「この家よ、ほらこの家」と言って月を見上げ、何かを想い、また動きがとまる。
家の門を見て「ああ、あら。ああ」「でも」
おばあさんは自宅につながる記憶を懸命に検索している。
さっきは胸の前で柔らかく合わせられた両手が、今はおばあさんの頭を抱えて支えている。出てこい記憶。私を思い出して。
おばあさんが家の壁に貼られた緑の地名表示に目をとめる。
「ああ、違うわ。ここは隣よ。私は〇〇五丁目なんだから」
引き返す道はさっきのローソンに向かう道だし、〇〇五丁目は反対の方角だった。
「ストアに行きたかったんだけど、お刺身はあるかしら」
さっき来た道を引き返そうとするおばあさんへメカちゃんが声をかけた。
「保険証とかなにか、住所が書かれているものはありますか?」
カートの音が止まる。
「ありますよ」
おばあさんは薄いポリエステルのファスナーバッグを出した。
マイナンバーカードが透けて見える。
「ちょっと貸してください」
マイナンバーカードには確かに隣の地名が印字されていた。
メカちゃんはスマホをコートのポケットから出し、グーグルマップに住所を入力する。
もう大丈夫だと思ったのか、おばあさんはいつの間にかメカちゃんの左腕に自分の右手をからませて身を預けている。
親子みたいに見えるだろうか。
こっちか。マップは川向かいを指している。
目的地に向かってメカちゃんとおばあさんはゆっくり向かう。
おばあさんの右手は私をひじの内側にやわらかく通され、もう頭を抱える必要はない。
「お酒が好きなんですか?」
「そうよ、好きなの。買っちゃった」
るりさんは嬉しそうだ。いちごが好きなの、みたいな言い方をする。
川に突き当たった。あちらに渡るのか、と再度マップを確認しているメカちゃんに、「どうかしましたか?」声が聞こえる。
エプロン姿の40代後半くらいの女性が誰かを待っているようなそぶりで川沿いに立ち、寒そうに腕を組んで揺れていた。
「おばあさんの家がわかったので、あちらに行くんです」
とメカちゃんが説明する。
「ああ、そこなら、あっちの方ね」
とマップを覗き込んだ女性が川向うを示す。
「こっちとあっち、どちらから渡れば近いですか?」
メカちゃんの質問に、あっちから渡ると近いですよ、と50メートルほど先にある右手の細い橋を指し示してくれた。
「ありがとうございます」
お礼を言うメカちゃんの腕におばあさんはつかまってホッとし続けているのか、女性には特に何も言おうとしない。
流れに委ねている。
「気をつけてね」
エプロンの女性は再び腕を組んで誰かを待つ視線になり、寒そうに体を揺らしはじめた。
橋に向かってメカちゃんとおばあさんは歩く。
幅の狭い橋にさしかかったとき、ちょうど真向かいから車が橋を渡ってきて二人を照らした。
おばあさんは右手にぐっと力をこめてメカちゃんを引き寄せる。
橋のたもとに引き寄せられるまま、二人は身を細くして車が通り過ぎるのを静かに待つ。
通り過ぎる車におばあさんはおじぎをした。
おばあさんの記憶はほろほろしていても、おばあさんの体は長いあいだ誰かをそうやって守ってきたことを憶えている。