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触らないで心に触れる方法をさがす


東京滞在のあいだ、仕事以外でほとんど人に会わなかった。
会っても、ホテルのロビーで会話を交わしたくらい。
緊急事態宣言中で近くの店はどこも閉まっていたので、ロビーで一時間ほど話した。
わざわざ会いにきてくれたことが嬉しく、別れぎわに握手したかったけれど控えた。


移動中の電車でふと顔を上げると、向かいの座席に誰かのバッグが置き去りになっている。ドアが閉まるまえに気づいて取りに来てほしいい。誰かそわそわ触るのを控えた。


今までなら何気なくしていた「触れる」「近づく」が制限される日々で、どうやったら心に触れられるかを考え続けている。


泊まっているホテルには大浴場があり、何度でも入れた。
ほとんどホテルの部屋で原稿を書くか現実逃避したり過ごして、ときどき大浴場へタオルをもって入りにいった。
エレベーターで誰かと乗り合わせると、遠慮がちに行き先のボタンを押しあった。
ただ移動するだけでおそるおそる動かなければならない状況で、多くの人が自分の行動が誰かをおびやかしたりはしないかと気を払っている。

今の自分は(たぶん)感染していない、という不確かな前提で、(でももしかしたら)を秘めた言動はどこか、やっぱりおそるおそるになっている。
用事をすませたら帰るので、へんに気をもまないでくださいと空気に目で書く。

ひと気のないお寺を散歩してホテルに戻り、ロビー1階でエレベーターボタンを押す。
途中の階で、大浴場のある階に向かうらしい宿泊客が乗り込んだ。
タオルと着替えらしい袋を手にしている。
階数表示のボタンを押そうとして、ボタン前にいる私が「あ」と身体を引きながら、私の手はとっさに大浴場のある階を押そうとする。
妙な動きになる。
「あ」「すみません」「あ、はい」「すみません」
頭を下げあって、妙な姿勢で距離をとり、行動はそっけなく、挙動はあべこべ。初めての土地に降り立ったようなぎこちない動き。
相手が私の思いをくんだように小さい声で「ありがとうございます」と言う。自分の部屋のある階で私が降りたあと、エレベーターで上に上がるその人が小さく傷ついたりしていないといいと思う。

知らないうちに誰かの心をすりへらしたくない。
気づかないうちに誰かの言動におびやかされたくもない。

制限されるほど、触らないで心に触れられる方法を探している。





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