Dior パタンナーまでの道 Part.1
「子供の頃からずっとファッションに興味があった。」
わけではなかった。
長崎の片田舎で育ち、ファッションの“ファ”の字も知らなかった。
知っているブランドはGAPとEDWINぐらいだった。
そんな自分がどういう因果でこんな場違いなところに来てしまったのか...。
これまでの経歴をざっくりと示すとこんな感じになる。
パリに移住してちょうど10年...。
パートナーと出会い、子供も生まれた。
パリの小さなアパートで家族3人で暮らしている。
そんな自分の、これまでの話をしたい。
日本でのおはなし
浪人時代
高校生までの自分は、どちらかというと地味な学生だった。
スポーツよりは勉強の方がまだ得意だったが、勉強が好きなわけではなかった。
人生で身を立てる方法は勉強しかない。
周りの大人はほとんどがそう言っていたし、僕自身そう信じて疑わなかった。
良い大学に入って、良い職に就く。
そうすればみんなに認められる。
この考え方が自分を苦しめることになった。
志望校に掲げていた大学の偏差値に全く足りていなかった。
どうしてもその大学に進学したくて、浪人を決意した。
心機一転、東京都内の予備校に通ったものの、ダメだった。
理想と現実のギャップに圧し潰され、なかなか勉強が手につかなかった。
受験勉強という大きな試練。
黙々と勉強するライバルたちに、一人だけ遅れを取っているように感じた。
自分だけが取り残されている感覚。
描いていた理想の未来が、目の前で崩れていくようだった。
自分には、何もできない。何もない。無能だ。
もし、いまここで消えてしまっても、誰も気付きもしないだろう。
東京という宇宙で、自分はあまりにもちっぽけな存在だった。
こんな勉強をして、何になるんだろう。
勉強なんかしたくない。逃げたい。
自分には、もっと向いてることがきっとあるはずだ。
本当にやりたいことを、やろう。
“表現する”仕事を志すようになったのは、この時からだった。
クリエイティブな仕事なんて、考えたこともなかった。
そんな選択肢は、自分とは完全に無縁だと思っていた。
5教科という尺度で、いったい人の何がわかるんだろう。
勉強からどうしても逃げたくて、自分を保つために、必死だった。
そんな中でひねり出した一つの道。
それが表現を仕事にする、ということだった。
いまでは学校の勉強も多少は大事だと思っている。
でもその当時は、学歴のみで評価されるのが嫌で仕方なかった。
これはただのコンプレックスでしかない。
さて、表現する仕事と言っても、あまりにも漠然としていた。
何をやろうか。
そもそも自分は何に向いているのか。
なぜファッションをやろうと思ったのか。
それは本当に偶然だったと思う。
正直、何でもよかったのだ。
自分ひとりで、何かを表現できればそれでよかった。
ひとりで。
自分のペースで、自分の作りたいものを作れるように。
服を作ってみたい。
なぜかそう思った。
浪人生活を経て、なんとか東京の大学に進学した。
第一志望校にはやっぱり受からなかったが、もう未練はなかった。
表現する仕事を意識するようになってからはなぜか、少しは勉強に身が入った。
たぶん心に少し余裕ができたんだろう。
一つの未来に執着するのは、本当に苦しいということを学んだ。
同時に、選択肢は無数に広がっているということを知った。
第一志望校の受験日前日。
予備校での最後の授業で、ある講師がこんな話をしてくれた。
話を戻そう。
なんとか、東京の大学に進学した。
東京に出たかったのは、ファッションの勉強がしてみたかったから。
専門学校ではなく大学を選んだのは、保険をかけたから。
もともと飽きやすい性格なので、服作りにも飽きるかもしれない。
自分にあまり期待し過ぎない方がいい。
もし途中で興味を失ったら、その先どうするんだ?
とりあえず、大学には行こう。
大学時代 サークルとの出会い
大学に入ってすぐ、面白そうなサークルを見つけた。
新入生向けの大量のフライヤーの中から、偶然目に留まった。
10人ほどの小さなサークルだったが、自分たちで服を作っていた。
さらに都内の服飾専門学校の監修を受けており、週末には授業が受けられた。
ファッションの勉強をしてみたい自分にとって、ぴったりだった。
大学に通いながら、服の作り方も一から学べる。
やってみて向いてなければ、辞めたっていい。
その時は大人しく就活して、拾ってくれるところで働こう。
失うものは何もない。
とりあえず、やってみよう。
サークルを通しての初めての専門学校の授業。
専門用語が多く、何が何やらさっぱりわからなかった。
自分で服を作るなんて、本当にできるんだろうか。
初めての縫製。
全然まっすぐ縫えない。
裏と表を縫い合わせてみたり、ひどい。
初めて描いたデザイン画。
何とも言えないマダム感。。何だコレ?
デパートのミセス服売り場のセーターか?
レディースの服のデザインセンスなんてゼロだった。
サークルにはおしゃれなメンバーもいて、彼らの描くものは何百倍もセンスが良いのに…。
自分はやっぱり向いていないらしい。
才能やセンスがないことは明白だった。
それでも嫌いにはならなかったのは、不思議だった。
ただただ、楽しかった。
どんなにセンスがなくてもダサくても、服を作るのが好きだった。
正確には、作れるようになる過程が楽しかったのかもしれない。
全く知らない世界を覗き見る、ワクワクがあった。
初めて作ったワンピース。
何回も間違えて何回も縫い直したワンピース。
それを着たモデルがファッションショーで歩くのを間近で見た。
初めて味わう感覚だった。
なんとも言えない感動。
あの感覚はいまでも鮮明に残っている。