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インクルーシブだなって!【雑記】(好きな人たちの好きなところについて語る)

最近の記事で書ききれなかったことや、人の取り組み、好きな作家の本に触れていきたいな~と思います。




畠山澄子さんのこと


月曜にUPした、「〝教える〟ものではなく〝伝える〟もの|わらべうたも平和も」という記事で、被団協のとりくみについて触れた。コメント動画を引用させていただいた、畠山澄子さんについて、もう少し書きたい。



畠山澄子さんといえば、G7広島サミットの時に熱いコメントをしてくれたことも、まだ記憶に新しい。

今回あらためて畠山さんの発信を眺めていたら、
「19歳の頃からヒバクシャと活動を共にしてきた」
という情報に目が留まった。

“初めて被爆者の人たちと出会った時、私は19歳だった。

 被団協の後援を得て行ったピースボートの第1回「ヒバクシャ地球一周 証言の航海」(2008年)で、私は通訳ボランティアとして103名の被爆者と世界を旅した。4カ月間にわたって寝食をともにしながら、たくさんの被爆証言を訳した。凄惨さに言葉を失いながらも必死に被爆者の言葉をマイクに吹き込む日々だった。“

〈世界と舫う 畠山澄子〉東京新聞 TOKYO Web より


この体験が、畠山さんの進路に影響を与えたのだろうか。彼女の専門は『核のグローバル史』だ。そして人権意識も強く、立場の弱さから声をかき消されがちな人々の方へと、いつも視線を注いでくれる。

上記の新聞記事でも、「被爆者の中には多くの朝鮮半島出身者もいた。在韓被爆者や在日コリアン被爆者の存在は、覆い隠されてしまいがちだ。」ということを伝えてくれている。


畠山さんは、安田菜津紀さんのD4Pにも何度も出演している。(ちなみに私は安田菜津紀さんの大ファンである。)


二人はサンデーモーニング仲間。
「畠山さんがいると心強い」「毎週、(番組に)出てほしい」
「あの秒数にコメントまとめるの大変だよね……」「とても伝えきれない」
と、番組のプチ反省会みたいなことも、お二人の会話ではたびたび起こる。

お二人ともいつも堂々と発言しているように見えるが、実は、緊張やプレッシャーに耐えながら、苦労して(実際に誹謗中傷被害にも合われつつ😭)、あの場に挑んでくれていると分かる。

毎回反省あり後悔ありで、それでもTV番組という公共の場で発言してくれている畠山さん達には、感謝しかない。「心強い」というのは本当にその通りだ。

声をかき消されがちな少数派の人々によりそう、というところ。それも継続的に、直接会うことを大事にして、持ち帰ってきた声を我々に届けてくれる。お二人のような存在がいるのは、私にとって希望だ。

(安田菜津紀さんの継続的な活動といえば、入管法の問題、そして水俣への取材と支援もすばらしいので、ぜひ多くの人に見てもらいたい!)


↓被団協について触れた前回の記事





東田直樹さんのこと



東田直樹さんの著作が好きだ、と↑の記事で紹介した時から、いつか追記しなければいけないと思っていたことがある。

私が言うまでもないことだが……。

いわゆる『FC(ファシリテイティッド・コミュニケーション)』には多数の問題点があり、意思伝達の有効性は科学的に否定されている。

東田直樹さんの著作「自閉症の僕が跳びはねる理由」は、当時14才の彼が執筆したことで話題になったが、これは『FC』で書かれたものではないか?という批判が当事者内外から寄せられたことも、知っておきたい。

FC(ファシリテイティッド・コミュニケーション)
自閉症や発話困難な人の腕や手を支えて誘導し、文字盤やコミュニケーション・ボードを指す介助を行うもの。FCで生成されたメッセージは介助者(ファシリテイター)の思考の反映であり、本人の言葉ではない。

介助者に必ずしも悪意はなく、本当に自分ではなく介助対象者が発信していると思いこんでしまうケースが多い。

ひらたく言えば、あの本は直樹さん自身の言葉ではなく、隣で介助するお母さまの考えが書かれているのではないか?という疑念だ。

これは、もっともな批判だと私も思う。こういう批判は必要だ。
(障がい者に限らず)子どもに大人の言葉を代弁させてはいけないし、またそうして〝特別な才能〟のイメージや期待だけを必要以上に積みあげることも危険だ。
そもそも、子どもを親の自己実現の道具にしてはならない。


しかし、東田直樹さんは、むしろ批判以降、介助がなくとも自分一人で発信できることを積極的に証明してきたと思う。メディア取材なども上手に利用しながら、これは紛れもなく自分の言葉なのだと強調されてきた。
(ご本人がそのように発言したわけではなく、あくまで私の所見です。)

ドキュメンタリー作品やインタビューなどでも、ひとりで対応をしたり、発言している姿を見せている。
今では、紡がれた言葉が彼のものであるということを、疑う人はほぼいないと思う。



直樹さん(もう好きすぎてファーストネームで呼んでて、すみません。)は現在32歳だ。詩、小説、エッセイと、活動は多岐にわたってきた。

年齢を経ても変わらない部分もあれば、変わった!と感じられる部分もあって、ファンとしてはそのどちらともを好ましく思う。

20歳前後の直樹さんには、時として焦りや苛立ちだったり「なぜ僕自身を見てくれないんだ」という苦しさ・渇望が見えた。その当時の私も同世代の若者として、そんな彼に強いシンパシーを抱いていた。

〝自閉症の僕〟ではなく、‶東田直樹〟を評価してくれ、という気持ちだったと思う。

同じ苦しみをもつ仲間を支えたいが、自分はべつに自閉症者の代表ではない。そういう活動スタンスを人に理解してもらうために、ずいぶん苦心があったのではないかと想像する。




現在30代の直樹さんは、心の本質を突くような鋭さはそのままに、広い共感を集められる作家になってきたように思う。
最近の著作では、社会を広く俯瞰したときに発見する、共通の悩みであったり障壁(バリア)を筆に起こしている。またその表現からはなんとなく、おおらかさと余裕が感じられるようになってきた。

"『引き延ばされるゴール』
 何かしたあとに、「もう少しできると、もっといいね」と言われたことはありませんか。
 何かできるようになっても、ゴールが引き延ばされると、ゴールがゴールでなくなります。"

東田直樹『自閉症が30歳の僕に教えてくれたこと』KADOKAWA公式サイト


なかでも、
「自分の思い通りにできることは『自己実現』だけだ」
というメッセージは、以前にも増して力強く伝わってくる。

"こうでなければいけないことなんて何もありません。こうありたいと思う気持ちだけで充分ではないでしょうか。"

東田直樹『自閉症が30歳の僕に教えてくれたこと』KADOKAWA公式サイト


「自分らしく生きている」という実感がほしい、と、昔から直樹さんは書いていた。
人生が物語だとして、主人公は確かに自分だろうか?という問いだ。

(「ありのままの自分でいられない」「社会に必要とされているか分からない」そんな恐怖や不安を一度でも持ったことのある人間には、刺さる言葉だと思う。)

しかし、常に「自分はどうあるべきか」で自身を追い詰めていくのも、しんどい事だ。

努力はするけど、無理はしない。
こうありたいと思う自分が、本当の自分。こうでなければ、と苦しくなる必要なんてない。

そんなメッセージを感じる。とても優しく、力強く響いてくる。


彼の著作は、例え『自閉症の子どもたちへ』という前書きがついていたとしても、実際の内容は全ての人々に通じるメッセージになっていると思う。

これからは、より広い範囲の人々へ、存在を肯定する言葉を届けられる作家になっていってほしい。私はそう期待している。


私は、自閉症の作家だから、直樹さんのことが好きになったのではない。

東田直樹というひとりの作家の良さを、周囲に伝えたいと思うのだが、いつまでも「自閉症の…」という冠辞をつけてしまうのが、自分でももどかしい。

私は、ただただ純粋に、彼の書く言葉の澄みきった鋭さ、それでいて流れるような文体リズムに、唯一無二の作家性を感じている。つまり作品を愛しているのだ。誰にも太刀打ちできないものを持っていると思う。




特別な才能だから、じゃない


障がいや、SOGI(自分の属性)をカミングアウトした時に、
「でもそういう人達って、特別な才能をもっているんでしょう?」
と、あたかも慰めのように言う人が、まだまだこの社会にはいる。

特殊な人には特別な能力がある、というレッテル貼りをするのではなく、その人自身をきちんと知ろうとしてほしい。
教育もそうだ。理想像をあてはめるだけでは、かえって子ども本人も苦しく、生き方を狭められていく。

それに、社会にとって価値があるかどうかじゃない。どんな人生にも生きる価値があるのだ。

社会に順応できるかどうかだけでなく、どんな人も自分らしく生きていける社会を、みんなで目指していく必要があるのだという意識も大事だ。これがもっと周知されればいいのにな、と思う。



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