第29回 ジョブ型雇用は拡大するのか? -労働契約への法規制という「足かせ」-
1.ジョブ型雇用の定義
アフターコロナの変化の1つとして、ジョブ型雇用が広がるとの予測がある。ジョブ型雇用とは、2020年7月17日に閣議決定された「骨太方針2020」の定義によると、「職務や勤務場所、勤務時間が限定された働き方等を選択できる雇用形態」であるとされているが、一般的には、あらかじめ職務記述書に明示されている職務内容(ジョブ)について、一定の経験やスキルを有する者が応募し、成立する労働契約を指すものであると理解されている。欧米では、こうした形の契約が主流であり、日本のように労働者を採用した後にその適性等に合わせて仕事を振り分けるメンバーシップ型雇用は、少なくとも基幹的な人材や事務職等の採用においては用いられていない。ギグワーカーやクラウドワーカーと異なる点は、それらは、特定の任務を果たすことを約してその成功に対して対価を支払う、いわばタスク型労務供給契約であるが、ジョブ型雇用の場合は任務の範囲がもう少し広く、また継続的に業務に従事するという点と、基本的には業務委託や請負ではなく雇用であるという点にあるといえそうである。
2.労働契約関係から見たジョブ型雇用
もっとも、ジョブ型雇用の契約形態については、定型的なパターンがあるというわけではなさそうであり、あくまで欧米諸国のように特定の業務について相応の能力を持った者が中途採用され、当該能力に応じた報酬を受け取るといったイメージがあるにすぎない。日本の場合、労働契約である限り、契約期間に制限を設ける場合にも、またこれを設けることなく契約を打ち切るという場合にも、一定の法的制限があり、欧米諸国のように当事者が自由に契約できるというわけではない。雇用期間に1年ないし5年(専門的業務の場合)といった制限を設けるのであれば、その身分は非正規雇用と変わらないものとなるであろうし、期間の定めのない契約であったとしても、一定期間について能力評価を行い、その結果を見て正規の雇用契約を結ぶという契約であるとすれば、当該期間は試用期間とみなされることになるため、これも一般的な労働契約と変わらないものとなる。つまり、ジョブ型雇用とは、労働契約としてみた場合には、何ら特色があるものとはいえないのである。
今回は、ジョブ型雇用の将来性について考えてみる。
3.ジョブ型雇用への期待
日本の場合、メンバーシップ雇用が主流であると言ったが、非正規雇用労働者の多くは特定の仕事をするために雇用されており、その意味においては、ジョブ型雇用的な労働者採用は、日本にも根付いているといえる。正規雇用労働者は会社のメンバーであるとして、定年退職時まで身分を保障されることとの引き換えに、転勤や慣れない仕事に従事することを求められるなど、人的な支配を受ける。一方、非正規雇用労働者は、一定の期間で契約を解除されることとなる代わりに、一般的には勤務場所や仕事は変更されない。見方によれば、現在注目を浴びているジョブ型雇用とは、こうした雇用上の身分保障と人的な支配との関係性ではなく、あくまで業務能力とその結果のみに着目し、会社にとって必要な存在であり続ければ高い報酬と継続的な雇用を保障するという点に特色があると言えるのかもしれない。会社組織が、人の集団であるために生じる「しがらみ」を拭い去り、仕事の結果のみで評価する方向に舵を切るものであるとすれば、その動向によっては、今後の労働者採用のあり方に一定の影響を与えることになるかもしれない。
4.有期雇用契約か無期雇用契約か?
もっとも、契約の実質という側面から見ると、ジョブ型雇用であるからといって特色を持たせることは難しい。まず、ジョブ型雇用であっても、いかなる条件で雇用するかは決定されなければならず、複数の企業が欲しがるような技術者であれば、期間を定めた契約のオファーは魅力を欠くことになるため、企業としては期間の定めのない契約を提示することになろう。期間の定めのない契約を締結し、試用期間も経過した労働者に対しては、当該会社の就業規則が適用されることになるため、他の労働者と同様に様々な権利と義務が生じることとなる。この点、業務の内容が特定され、報酬体系も他の労働者と異なるものにすることは可能であるが、その他の労働条件について差を設けるためには相応の合理的な理由が必要になると考えられる。労働協約や就業規則に基づき、従業員に対して平等な労働条件を設定するよう求める日本の法制度のもとでは、たとえ双方が合意したとしても、その枠からはみ出すような労働条件を設定することはできない。この点、仮にジョブ型として雇用された労働者のみを対象とする就業規則を策定したとしても、少なくとも労基法の基準を上回るものでなければならず、また、契約を解除しようとする場合にはいわゆる解雇の法理を免れることもできない。
5.有期雇用契約に誘導される理由
おそらく、こうしたことを理解する企業は、ジョブ型で雇用する場合にも期間を定めることを選択するであろう。もちろん、就業規則等が適用されることは同じであるが、少なくとも適性や能力がないと判断された労働者について、契約期間の満了として契約を打ち切ることは容易となる。期間を定めない契約である場合にも、就業規則において、例えば「担当職務がなくなった場合や職務に適性ないしは能力がないと認められる場合には解雇する」といった一文を置けば、契約を打ち切ることが可能であるという意見もあろうが、「当該職務がなくなる」、「適性や能力がない」といったことの解釈には、当然のことながら争いが生じる可能性が高く、解雇が困難になる可能性があることには変わりない。
つまり、期間を定めない契約を締結すると、メンバーシップ雇用と同じ雇用管理が必要となり、また能力が欠けるといった状態になっても解雇しにくくなるのであり、一方、期間を定めた雇用を選択した場合には、有能な労働者には魅力がなくなり、仮に一旦就職したとしても、期間満了の時期が近付くと次の就職先を探すことに奔走する等、当該職務に熱意を持って取り組むことにならない可能性がある。
6.結局は業務委託へ向かう可能性
問題は、労働者を一律に扱い、できるだけ過不足なく労働条件を提供しようとする日本の労働法制にある。労基法により最低基準を定め、これを上回る就業規則の策定を求め、さらには労働条件が協約を上回る有利性にも懐疑的な日本においては、特別な労働条件のもとに労働者を雇用することは極めて難しいこととなる。欧米のように、「能力なければ仕事なし」といった徹底した実力主義に立ち、解雇も容易にできるといった環境を作らない限り、ジョブ型雇用は定着し得ないものである。こうした現状を鑑みると、ジョブ型雇用によってなされることを想定される仕事の多くは、業務委託の形で、特定の能力を有する者もしくは組織に委ねられていくしかないこととなる。委託する会社は、契約の打ち切りが容易になるというメリットがある一方で、独自の業務は委託しにくく、また秘密保持等に不安を生じることになろう。他方、受託者は、複数の会社の仕事を受託できるというメリットがあるが、労働者ではないため何らの保障もなく、いわばフリーランスやクラウドワーカーと同じ立場になる。
7.当事者主義に勝る横並び主義
閉塞感が漂う日本経済を勘案すると、新卒採用に偏るメンバーシップ型雇用が限界に来ていることは明らかであり、その意味において、ジョブ型雇用には、現状打破への期待がかかる。しかし、上記のように、労働者保護という名目によって「手かせ足かせ」された労働契約への制限が、成果主義に徹底することに意義を持つジョブ型雇用の拡大へのブレーキになることは間違いない。かつて、ホワイトカラーエグゼンプションという労働条件に係る例外措置が議論となったが、横並び主義の日本においては、報酬が高く、当事者が明確に同意していたとしても、保護の対象におくべきだとの主張が勝る。当事者同士の合意が明白である場合、期間を定めない契約であっても、能力が期待に沿わない場合には一方的に解除することが可能となるなど、労働契約に例外を認めるような手立てを講じなければ、世界市場において有能な労働者を集めるリスクを負う企業はなくなってしまうであろう。
ここから先は
アフターコロナの雇用社会と法的課題
この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?