第16回 同一労働同一賃金の原則への対応(1) -相次ぐ最高裁判決を受けて-
1.非正規雇用労働者の処遇に係る最高裁判決の意味
正規雇用労働者と非正規雇用労働者の処遇格差に関する最高裁の判断が相次いで示された。この種の問題にかかる最高裁判決はすでにいくつか出されており、目新しいものとはいえないが、今回の2つの判決(大阪医科薬科大学事件とメトロコマース事件)は賞与と退職金の支払いというインパクトの大きな問題を扱っており、また日本郵便事件は、全国に約18万人いるといわれる同社の非正規雇用労働者に影響を与える判断であったという点において、重要な意味を持つ。
今回の一連の判決について、感想を述べるとすれば、予想された結論であり、妥当なものであるといえる。以前出された判決を含め、最高裁は、あくまで事案ごとの判断というスタンスを取っているが、この問題にかかる判断の枠組みは、おおむね固まってきたと考えて良かろう。正規雇用労働者と非正規雇用労働者との処遇格差は、従来からいわれてきた4要素(業務内容、責任の範囲、配置・職種変更の可能性、その他の事情)をもってその合理性を判断し、他方において、当該処遇の性格や格差の程度も勘案して判断するという立場である。
ご承知のとおり、本年4月より、パートタイム労働法の改正として成立した「パートタイム・有期雇用労働法」(以下「有期雇用労働法」という)が施行され、同法第8条が定める同一労働同一賃金も適用されることとなっている(一定規模以下の中小企業は2021年4月からの適用)。この度の一連の最高裁判決は、同法施行前の事件であるものの、考え方は一致しており、今後同法の解釈適用において、最高裁が示した枠組みが影響をもたらすことは間違いなかろう。
2.同一労働同一賃金を取り上げる理由とその視点
今回と次回の2回にわたって、有期雇用労働法及びこの度の最高裁の判断枠組みを基礎として、同一労働同一賃金の問題に関して、いかに解釈し、どのような点に留意すべきかを具体的に検討していく。有期雇用労働法の内容については、厚生労働省のホームページにおいて解説されているところであるが、適用の場面が多岐にわたることもあり、やや理解しにくい部分があろうかと思われる。また、厚生労働省が示した同一労働同一賃金ガイドラインにおいては、具体的な事案を想定した解説がなされているが、事情が一緒とは言えないケースにおいて同一に考えてよいかを迷うケースもあるものと思われる。考え方や要点を理解すれば、実務において必要な知識は得られると思うことから、簡潔に解説する。
なお、確認すべきは、有期雇用労働法は新たな考え方や基準を設けたものではなく、第8条についていえば、すでに労働契約法第20条において定められていた内容をそのまま踏襲したものである。したがって、同条文に従って、非正規雇用労働者に対しても正規雇用労働者と変わらないか、もしくは不合理と認められるような労働条件格差を設けていないのであれば、特に何かを変更しなければならないというわけではない。もっとも、多くの会社では、非正規雇用労働者と正規雇用労働者の処遇について、何らの差異も生じさせていないということはないのではないかと思われることから、有期雇用労働法の制定を契機に、両者の労働条件について1つ1つ照らし合わせてチェックすることは必要である。会社の誰もが問題ないと考えていることが、この度の法の考え方には合わないといったことは十分に考えられるからである。
3.同一労働同一賃金ガイドラインのポイント
有期雇用労働法は、正規雇用労働者と非正規雇用労働者の間において、職務内容や配置の変更の範囲等が同じであるにもかかわらず待遇が違う場合には、これを是正し同じ取り扱いにすることを求めるとともに、それらに違いが生じている場合には、その違いに応じた範囲内での待遇に是正しなければならないとしている。例えば通勤手当は、正社員であるか非正規雇用労働者であるかに関わらず、当該就労のために必要となる費用であり、正規雇用労働者には支給するが非正規雇用労働者には支給しないという取扱いは、一般的には合理性が認められないことから、取扱いは同一にしなければならない。一方、例えば賞与について、労働者の会社への貢献度等を評価するとの趣旨で支給されているのであれば、非正規雇用労働者についても、同じく貢献を評価して支給するといった取り扱いをすべきということになる。この点、賞与の支払いが問題となった大阪医科薬科大学事件の最高裁判決は、先の4要素をもって正社員とアルバイトを比較し、アルバイトに対して賞与を支払わないことを不合理ではないとしたが、その前提に、賞与支払いの趣旨について正社員の人材確保等の目的であるとの主張を認めた点があることに注意を要する。つまり、非正規雇用労働者に対して、一般的に賞与の支払いを要しないと述べたものではなく、当該賞与の趣旨・性格において、本件ではアルバイトを対象としないことも不合理ではないと判断したに過ぎないものである。
4.「不合理な相違」であるか否かを問う意味
おそらく、多くの事業主及び労務担当者は、正規雇用労働者と非正規雇用労働者との間に差を設けることについて、合理性ありと認められるのはいかなる場合であるのか、また、合理性があると認められる範囲内の差というのは、どのように判断すればよいのか、という点に悩まれるものと思われる。この点、まず確認すべきことは、新法は、差を設けることについて合理的な理由がなければならないといっているわけではなく、あくまで「不合理な取扱いをしてはならない」としている点である。やや理解しにくいと思うが、この表現の違いは2つの意味を持つ。第1に、例えばある制度について正規雇用労働者と非正規雇用労働者との間に差があったとしても、その差がわずかなものであれば、「合理的な理由がある」とはいえないものの、「不合理な取扱い」であるとまでは言えないといった判断に至ることがあり得る。第2に、法的な紛争になった場合、「合理的な理由が必要」とされていれば、合理性があることについて事業主側が証明することを求められることになろうが、「不合理な取扱い」をしてはならないとされていることで、その不合理さについては、これを訴える労働者側が証明することを求められることになると考えられる。もっとも、改正法は、非正規雇用労働者が待遇について事業主に対して説明を求めた場合には、これに応じなければならないとされており、取扱いについて何らかの差を生じさせている場合には、事業主は理由を説明しなければならず、結局、差を設けていることについての合理的な理由は明確にしておく必要がある。
5.就業規則等を精査する必要性
正規雇用労働者と非正規雇用労働者との間において、どのような処遇についてどの程度の差を設けることまでが「不合理な取扱いではない」とみなされるのであろうか。同一労働同一賃金ガイドラインにおいては、例えば特殊作業手当や精皆勤手当てや単身赴任手当など、その手当の意味合いにおいて、正社員と非正規雇用労働者を区別することに理由がないとみられるものについては同一の支給を行わなければならないとし、基本給(昇給を含む)や賞与や役職手当などについては、差を設けることについて、経験、貢献、能力、役割などにおいて違いがあれば、その違いを反映させる程度において合理的とみなすと解釈しうる指針を示している。ハマキョウレックス事件(最2小判平30・6・1)やこの度の日本郵便事件の最高裁判決により、やや微妙な問題を含むと考えられる住宅手当、扶養手当、さらには各種休暇の付与といった処遇についても、「不合理な取り扱い」とみなされるか否かのメルクマールは示された。会社に残存する各種の処遇差について、上記4要素を考慮しながら「不合理な取り扱い」とみなされるか否かの判断には、一定の法解釈の技能と常識力が求められるように思われる。弁護士及び社労士においては、就業規則、賃金規程、及びパートタイマーへの就業規則等を精査し、必要な場合には、改定を行うよう進言することが求められる。
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アフターコロナの雇用社会と法的課題
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