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第24回 精神疾患を患った労働者の職場復帰への課題 -ストレスチェックと復職プランへの提言-

1.女性の自殺者増加という深刻な事態
 コロナ禍の影響による社会のひずみは、多くの人の生活を一変させている。自殺者が増加しているというニュースを見てもどかしく思っていたところ、女性の増加率が高いと聞き、その深刻さを改めて認識した。審査会において多くの自殺案件を扱ってきたが、比率としては圧倒的に男性の方が多く、仕事や経済事情が原因となって女性が自殺に追い込まれるというのは、かなり厳しい状態になっていると考えるべきであろう。業務が原因となって精神障害に至ったとの申立てをする例は、相対的に女性の方が多いように感じられたが、自殺にまで至る例は男性の方が多いのである。家計への責任感やプライドの高さなどが、男性を死に追いやる原因になるのではないかと思っていたが、仕事を失うことの喪失感や家計への不安は女性も同じか、もしくはこの度のような事態においては、再就職の可能性など再起への道が狭いとの意識もあって、より深い失望へとつながっているのかもしれない。

2.精神的な不調を察知するシステムの構築
 元来、仕事はストレスを生じやすいものであるが、多くの場合、職場はストレスに強い人を基準に動いている。したがって、相対的にストレスに弱い人が、何らかのきっかけにより精神的に衰弱するか、場合によっては精神障害に至ってしまうことは何ら不思議なことではない。2014年の労働安全衛生法(以下「労安法」という)改正により、一定規模以上の会社にはストレスチェックなるものを毎年実施するよう義務付けられ、その結果は労働者本人に伝達されるものとなった。したがって、労働者は自らの精神状態についてある程度客観的に把握可能となったのであるが、実際には、同結果を見て自らの精神状態の問題点を認識し医師等の指導を受けようとする人は多くはないものと思われる。おそらく、問題を感じている人はすでに医師等の診療を受けているであろうし、そうでない人はそうした結果は無視して働こうとする心理状態になっているものと想像される。精神的な病気になった人の一般的な特性として、仮に自らが異変を認識することがあっても、重症化するまで発覚しないように行動しがちであるという点がある。そして、多くの場合、ストレスに強いことが前提となっている会社においては、多少の異変を感じても、精神的な病気であるとの想像力が働かず、「もっとがんばれ」などといった声をかけることになりやすい。

3.ストレスチェックの意義
 ストレスチェックが実施されて5年を経過するが、労働者の精神状態の把握に十分な成果を上げているかは、今のところ検証されてはいない。業務を原因とする精神障害の労災補償の申請件数は、この期間も年々増加しており、少なくとも顕著な効果を上げているとはいえないであろう。ストレスチェック制度に内在する最大の問題点は、面接指導を受けるか否か、業務軽減措置を望むか否かなど、状況の転換をもたらすポイントにおいては労働者当人の同意が必要となる点にある。事業主には、ストレスチェックの結果を下にして労働者を不利益に取り扱ってはならないとされているものの、自らの精神状態を知られることに労働者が不安になるのはやむを得ないことかもしれない。特に、面接指導を要するような状態になるまでストレスをため込む労働者は、周りの評価を気にすることが多く、家族にさえ自分の状況を知られまいとすることが多い。ストレスチェック制度が、その目的を果たすためには、労使の間に信頼関係が構築されていることが条件といえるが、多くの場合、そうした信頼関係がないために過重な労働に至ってしまったと考えられるものであり、そもそも「ないものねだり」をしているということになろう。

4.必須となる産業カウンセラーを含めた衛生委員会
 精神的な不調の早期発見には大きな意味がある。うつ病についていえば、ほとんどのケースにおいては数か月から1年以内に寛解すると言われており、重症化前であれば、その期間も短くなるものと考えられる。もちろん、発病の原因が業務にあるとは限らないため、その原因がなくならない限り、完治することにはならないかもしれないが、いずれにせよ、早期発見は重要である。労安法は、常時50人以上の労働者がいる事業場には、労働者代表も入るとされる衛生委員会を設置することとされているが、月1回の会議において、労働者の個別的な精神衛生の問題についてまで深い話をできるかは疑問である。衛生委員会のメンバーに人事権を有する者が入ると、ストレスチェックの結果は閲覧できないこととなるため、仮に個別案件を検討することがあったとしても状況証拠からの推認になってしまう。衛生委員会に労働者から信頼を受けられる産業カウンセラーを位置づけ、定例の会議においては必ず個別問題について情報交換することを徹底すべきである。

5.精神障害に罹患した労働者の復職への道
 精神障害を発病した労働者に対して、会社の対応が冷たいと感じる場面は少なくない。仮に、業務と発病との間に相当因果関係がなく、業務災害であると判断されなかったとしても、労働が全く原因になっていないといっているわけではない。発病直前の時間外労働時間が認定基準に遠く及ばない月30時間程度である場合や上司からの叱責が業務指導の範囲内のものであると判断された場合であっても、仕事によるストレスが一定程度の影響を与えていることはほぼ間違いない。さらに、精神障害の発病の原因が、借金や家族トラブルなど明らかに労働者の個人的な問題であると考えられるようなケースであっても、会社の従業員であったことに違いはなく、会社と全く関係のないことであると切り離してしまうことにも違和感を持つ。
 日本の場合、雇用保険もある程度充実しており、病気になれば傷病手当金を得られる可能性もある。したがって、会社が、病気になった労働者に対してどこまでも面倒を見なければならないというわけではないが、精神障害を患った労働者についていえば、会社の見切りはあまりに早く、復職への配慮も十分とはいえないケースが多いように思われる。

6.誠実な復職プランが会社を強くする
 そして、復職できたとしても、精神障害を患ったという前歴は払拭されないことが多く、差別とまではいわないまでも、昇進が遅れるといったことは普通にあることのようである。前述のように、精神障害は、治療次第では完全に寛解しうるものであり、一定期間の業務軽減措置等が必要になることがあるとしても、職務能力も元の状態に戻ることのできる病気であると考えてよい。もちろん、病状によっては、直ちに従前の業務に従来どおり就労することは難しいといったことになるかもしれないが、そうした場合にも、医師によるリワーク・プログラムに協力するなど、共に回復を目指す姿勢があれば、完全に職場復帰を果たせることが多い。
 精神障害に罹患した、もしくは結果として自殺してしまったという労働者について、審理において対面するか、事件記録を読んでいくと、仕事に熱心であるだけではなく、責任感が強く、また会社(仕事)に対して愛情を持っている人が多かったように記憶する。病気になってから、会社と対立する状況になる人もいたが、愛情の裏返しであり、裏切られたとの思いがそうした行動に走らせているのではないかと感じられた。「雨降って地固まる」という環境を作れるか、心ある労働者の復職プランは、ストレスに強い人も含めて、会社に対する愛情や信頼を高める効果があると考える。

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職場の実態を知り尽くした筆者による労務問題に携わる専門家向けのマガジンである。新法の解釈やトラブルの解決策など、実務に役立つ情報を提供するとともに、人材育成や危機管理についても斬新な提案を行っていく。

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