第6回 在宅勤務導入に伴う留意点と就業規則の改定例
1.はじめに
インターネット上の情報には怪しいものが少なくないが、法律の解釈や就業規則の例示なども例外ではない。審査資料において被災労働者の会社の就業規則を調べていると、複数の会社において類似する奇妙な規定があり、調べていくとネットで紹介されているといったことがある。就業規則は職場のバイブルであり、極めて重要なものであるにもかかわらず、熟考されることなく策定されるか、もしくは法が改正されているにもかかわらず旧来の規定が放置されているといったことは少なくない。一方、会社によっては、様々な事態を懸念するためか、詳細かつ厳格な規定を設け、少しの漏れもないようにしようと意識しているものがあったりするが、これも詳細に過ぎると解釈の柔軟性がなくなり、自縛に陥るとともに、規定同士に矛盾があることに気づかないといったことになりかねない。
就業規則のあり方全体について、本マガジンのスペースで論じていくことは困難であるので、今話題になっている、在宅勤務を取り入れる際に留意すべき事とその改定例についての話をしていく。
2.モデル就業規則等の問題点
在宅勤務の導入にあたって、就業規則をどのように策定・改定すればよいかについては、厚生労働省もモデルを提示しており、また、様々な機関のホームページ等においても、そのモデルや留意点が掲載されている。まず、厚生労働省モデルについてみると、あらゆる場合を想定する必要があるためか壮大なものとなっており、何が必要で、何が予備的なものであるかが分かり得ないものとなっている。また、役所としては仕方ないことであるが、そのスタンスは、あくまで労働者の保護に重きを置いており、もし法的紛争に至った場合には、一方的に労働者有利に働く可能性が高いのではないかと思われる内容もある。弁護士や社労士がホームページ等で指示をしているものもチェックしたが、例えば、勤務地が自宅になるだけであるなら就業規則の変更は必要ないといったものや、事業所外労働や裁量労働と同列に論じるものなど、労働法解釈や危機管理の視点からは賛同しにくいものもあった。
3.就業規則改定の4つのポイント
従来、会社に始業時刻までに出社し、所定の労働時間勤務して終業時刻に退社するというルーティーンであった労働者について、出社を要することなく自宅等で業務を遂行することを認めるという趣旨の「在宅勤務」導入であれば、就業規則において改定を要する点は、対象労働者の範囲、業務指示の方法、労働時間管理、そして健康管理の4点となろう。
在宅勤務の対象労働者の範囲と業務指示の方法を明記する理由は、混 乱を避けるためであり、絶対に必要であるというわけではない。例えば、対象を限定する必要がない場合には、「必要に応じて、在宅ないしはサテライトオフィスにおいての勤務を命じることがある。」と明記しておけば十分であり、業務指示についても、「在宅ないしはサテライトオフィスにおいて勤務をする場合には、電話もしくはメールによる指示に従い、また、指定された方法によって報告を行うものとする。」といったものでもよかろう。
もっとも、在宅勤務を認める者について、職種や経験に制限を設けるか、もしくは常勤職員に限定するといったことにする場合には、対象外の労働者からの申し出があった場合の混乱を避けるために、制限内容を明記しておく方が望ましい。さらに、労働者が在宅勤務に慣れすぎることを懸念する場合には、利用申請手続きやその期間などについても明記しておいた方が良い。業務指示については、成果の納期や役割が明確である場合には、「在宅勤務者は、所属長の指示に従って業務を遂行するとともに、その内容・成果について随時報告するものとする。」といった簡単なものでよかろうが、労働者の業務の範囲を確定しにくい、遂行すべき業務が変化しやすい、さらには必要以上に丁寧にやりすぎてしまう危惧があるなど、日々の業務の遂行状態をチェックしておきたい場合には、「業務内容・成果については、様式に従って記載し、終業時刻までに会社に送信するものとする。」といった厳格な管理を行うことが考えられる。
4.労働時間管理の留意点
在宅勤務において、最も難しい問題は、労働時間の管理である。言うまでもなく、勤務場所が労働者の自宅やサテライトオフィスであるからといって、使用者に労働時間の管理義務がなくなるわけではない。脳・心臓疾患や精神障害の労災認定においては、時間外労働時間数が問題となることが多いが、労働者が必要であると判断して持ち帰り残業をしていた場合、当該判断に著しい瑕疵がなく、また、会社が抑止できたにもかかわらずこれを黙認していたといった事情があれば、当該持ち帰り残業について時間外労働であると認められることがあるが、在宅勤務の際にも基本的には異なる考え方にはならない。この点、厚生労働省のモデル就業規則においては、事業所外みなし労働時間制を適用する可能性について例示されているが、同制度は、あくまで「労働時間の算定が困難な場合」を想定しているものであり、誰もが携帯電話を持ち、また通信手段が確保されていることが前提となると考えられる在宅勤務において、適用できる制度であるとは思えない。
在宅勤務における最大のリスクは、生産性を伴うことなく、働きすぎてしまう労働者が出てくることである。通勤の時間やストレスもなく、自宅でリラックスしながら仕事をできることで、一般的には生産性は向上すると見込めるが、例外も出てくるものと思われる。残業代の不払い賃金請求や過労による疾病発生の責任を問われる事態を避けるためにも、労働時間の管理は厳格に行う必要がある。
5.フレックスタイム制を導入する場合
在宅勤務を実施している多くの会社では、労働者が会社のシステムに入るか、クラウド上のファイルを取り込んで仕事をする形態になっており、業務に従事している時間はパソコンの記録において客観的に把握可能である。したがって、会社での勤務時刻と変わらない取り扱いにするのであれば、労働時間に係る就業規則の規定に手を入れる必要はないが、念のため「在宅勤務についても同様とする。」といった文言を入れ、また出退勤管理の方法も明記しておく方がよかろう。もっとも、労働者にとっては、在宅勤務のメリットは、子供の送迎など、私生活との調和をとりやすいことにあり、休憩時間を含めて会社勤務と全く同じにすることは不合理であるようにも思われる。また、そもそもパソコンにログインしていれば、実際に働いているか否かは確認しにくいものであることを考えると、フレックスタイム制を適用するなど柔軟な労働時間にしておく方が妥当であろう。在宅勤務の場合には、フレックスタイム制を適用するというのであれば、その旨を明記するとともに、清算期間の設定などフレックスタイム制の要件に沿った規定を設けておく必要がある。
フレックスタイム制を採る場合も含めて、在宅勤務者が時間外労働を行うことについては特別な定めを設けておくことが望ましい。フレックスタイム制の場合には、清算期間内の労働時間全体をもって時間外労働時間数を算定することとなるため、日々時間外労働に係る届け出を義務付けることは無用であるとの意見もあり得るが、例えば繁忙期や税務処理期などにおいて業務が集中し、過重な労働になる可能性がないとは言えず、労務管理の側面から一定時間を超える労働をする場合には、事前に届け出をするよう義務付ける規定を設けるべきであろう。
そのほかの労働時間に係る留意点として、在宅勤務者の労働時間管理を簡素化するために、固定残業代制を採用するといった議論が生じるかもしれないが、これはやめた方が良い。労働時間がルーズになりやすく、また、実質的な管理ができない以上全く無駄になるからである。
6.健康管理とカウンセリングの必要性
在宅勤務の場合にも、労働者に対する健康管理義務は免れない。一人で自宅において仕事をしているようなケースでは、疎外感や応援依頼がしにくいなどの理由から、会社に行くよりストレスがたまりやすくなる可能性もあり、健康管理はより重要になると考えるべきであろう。健康管理義務を果たしているとの証明としても、産業カウンセラーによる定期的な面談を義務付けることを就業規則に明記することが望ましい。その他、在宅勤務に伴う通信費の負担関係などについても、トラブルにならないよう就業規則に明記しておいた方が良いかもしれない。
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アフターコロナの雇用社会と法的課題
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