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【怖い話】八角堂

地元に八角堂って呼ばれてる建物があったんですけど。

上から見るときちんと八角形の形をしていて、それで八角堂って呼ばれてたんだと思うんですけど、本当の名前は誰も知りませんでした。

Googleマップにも名称は載ってないし、なんなら用途も一切不明の、まるでトマソンのような建築物でした。

八角堂自体は簡素な作りで、何もない敷地にポツンと佇んでいるんです。

入口は正面に一つと、反対側に一つ。飾りや意匠が凝らされている訳でもなく、寺や仏堂だと言われればそう見えるけど、言われなかったら別に厳かとは言えないくらい。

そして先にも言った通り、用途不明なので管理もずさんなのか、鍵も掛かってないみたいなんですね。

その八角堂にはなぜか地下があるらしくて。

側溝に置いてあるような分厚い鉄板をどかすと、地下に続く穴とはしごがあって、降りると打ちっ放しの部屋があるそうです。

そんな堂の近くには、高校野球の強豪校があって、よくその辺りまで野球部がランニングしに来てるみたいでした。

偏見も入ってるかもですけど、野球部ってヤンキーが多いイメージあると思うんですよ。

で、サッカーとかよりも持久力いらないから、野球部ヤンキーは大体煙草を吸ってるんですよね。

なので実は野球部ヤンキー達の間では、八角堂の地下は代々受け継がれる煙草スポットみたいになってたらしいです。

そんな意味不明な建物と野球部に関する怪談があって、地元では結構有名でした。

怪談の内容は色んな派生がありましたが、大元としては、大体こんなあらすじ。

ランニングをさぼり地下に降りて煙草を吸っていたヤンキーが、いざ戻ろうとはしごを登ると、どかしたはずの鉄板が地上への出口を塞いでいて、閉じ込められてしまったそうです。

何日も帰ってこなかったり、学校も欠席していたにも関わらず、両親や教師は素行の悪いあいつの事だから、という態度で気にも留めず、警察にも捜索願は出さなかったそうです。

行方を晦ましている事に気付いた野球部の連れが、もしやと思い八角堂の地下を開けてみると、そこには死体が一つあったと。

それ以来、八角堂に入った人は地下へ煙草を一箱投げ入れないと呪われる、といったものでした。


まあ、ありがちというか、支離滅裂というか、話に筋が通ってないというか、という印象ですよね。

気持ちは分かります。

得てして地元に伝わる怪談なんてものは、この程度だとは思いますが。

なんで堂は常に空いてるんだとか、地下へ続く穴を塞ぐ鉄板は動かせる重さなのかとか、いやいやそもそも地下室はほんとにあるのか、なぜあるのかとかね。

そりゃあ小中学生の頃はほんとに恐かったですよ。
なんならヤンキーがいるかもっていうのが1番怖かったですけど。

でも、ある程度歳を経てしまえばね、酒のアテになるかどうかの下らない謎解きにまで成り下がってしまうんです。









だから昨日、行ってみたんですよ。

八角堂。









なんてことはない、寂寥としただだっ広いだけの土地に、わずかばかりか、心許ない八角形の建造物。

よくよく考えればどちらが正面かも分からない入口の引き戸に手をかけると、すんなりと開きました。

ああ、いつでも開いているというのはほんとなんだ。

それじゃあ、と持参した懐中電灯に電源を入れ中を見回してみました。

すると、ほんとに伽藍堂なんですね。
怪談の派生の一つには、堂の中には大量の仏像があり、中に入ると一斉にこちらを振り向く、なんてものもあったけど。

いよいよ何のための建物なのか分からなくなってきたし、最早八角堂から伽藍堂に呼び名を変えてもいいのでは、と思いましたね。

次に床を照らして鉄板を探す事にしました。

すると

あったんです。

一面コンクリートの床、その真ん中に、ひたりと縫い付けられたような正方形の鉄板が。

120cm四方で、厚さは2cmかどうかってところですかね。

コの字に曲げて溶接された鉄筋の取っ手があるので、開けるのに支障はなさそうですが、閉められてしまったとしたら、確かに中からは開けられないだろう、そんな目方でした。

いよいよ現実味が帯びてきたんです。
これまでは噂通りですから。

少し怯みました。
けれど、今蓋が閉まっているということは誰もいないはずだから、輩に襲われる心配はまずない、開けて中を覗こうと決めたのです。

察した通りなかなかの重労働でしたが、取っ手のおかげでなんとか動かすことができ、堂の雰囲気に寄り添うような虚ろな穴が開かれました。

凡そ鉄板と同じくらいの直径で、上から照らすと思ったよりも底は深くありませんでした。

そうです。そのため、怪談話は嘘だということもすぐ分かってしまいました。

だって、八角堂に入った人は地下に煙草一箱を投げ入れないといけないのでしょう。

地下室の床が見えなくなるほど封の開けられていない煙草で覆い尽くされているはず。

それなのに、底に見えたのはコンクリートの床と何本かの吸い殻。

同じように肝試しに来た人が白けて手にしていた煙草を投げ捨てたのでしょうか、吸口に巻かれたコルクの茶色と焦げた先端の黒と、巻紙の白色が散乱していました。

端からまるきりは信じてはいなかったものの、やはり答え合わせをするとどこか物悲しい。

安堵と落胆の比率が分からないままの感情を胸に、折角ここまでやったのだし、地下室まで降りてみようかと念の為準備しておいたヘッドライトを装着しました。

なるべく足元を照らすように下を向きながらはしご、というよりは打ち付けられたコの字の鉄筋、をかんかんと降りていきました。

地下室はそれほど広くなく、どう見積もっても6畳あるかどうかでした。

ヘッドライトと懐中電灯で見回しても、吸い殻ばかりで新品はどこにも落ちていませんでした。

これまた念の為持ってきていた愛用している銘柄の新品を封切りし、どかっと座って一服することにしました。

紫煙は立ち上り、忽ち黴臭い地下室を香ばしいようないがらっぽいような匂いに塗り替えていきました。

そうして一本、また一本とチェーンスモークをしていると、青白い霧が天井を覆っていきました。

そして、気付きました。





口から吐き出す一筋の煙が、



ふぅーっという音とともに周りの空気を巻き込んで前方へ渦巻き進む煙が、



見えない何かにぶつかり、枝分かれして翻っているのです。



よくよく見ると、室内に充満し立ち込める紫煙が、一部を避けるように、



いえ、明らかに人の形を避けて空白を成しているのが分かりました。



辺りに揺蕩う煙のおかげで、床に腰を据えた位置にある顔を、じっと覗き込むように身を屈めた体勢の透明が、そこに縁取られていました。

吐き出した煙が枝分かれし、乱気流を生み出していたのは、透明なそれの鼻っ面であろう場所に当たっていたのでしょう。





そこからのことは、あまり覚えていません。





恐らくは蓋も戻さずに遮二無二敷地の外まで逃げ出したのだと思いますが。





あれは、何だったのでしょう。

ほんとに人が亡くなっていて、その残滓がこびりついていたのか。

もしくは創られた怪談話により生み出された虚構の存在なのか。

それともあの地下室そのものが、何かを閉じ込める装置だったのか。




全ては八角形の中に。

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