【恐い話】借りたはずの本
韜晦してください。
先日、ふと知人に借りっぱなしの書物があることを思い出しました。
今まで失念していた事に慚愧の念を覚え、直ぐ様連絡をし、彼との食事の約束を取り付けました。
当日、暫くぶりの挨拶も程々にして、長らくお借りしてしまって申し訳ない、と本を差し出しました。
すると、知人は「こんな本を貸した覚えなどない」と仰るのです。
いやいや、確かに貴方からお借りした筈です、と改めて見直したところ、
手にしていたのは、全く身に覚えのない、大層汚れた絵本でした。
なぜ、こんなものを手にしているのだ。
なぜ、これが私の自宅にあったのだ。
なぜ、私はこれの存在を唐突に思い出したのだ。
なぜ。
疑念ばかりが頭を支配しながら、怪訝そうな表情でこちらを見つめる知人に「こちらの勘違いでした」と伝えました。
味のしない食事を終え、帰路に着く最中。
件の絵本を手にとり、ペラペラとページをめくってみました。
そこには、一つだけ、たった一つだけ文がありました。
「韜晦してください」
和紙で綴じられたその絵本は、絵本であって絵本ではありませんでした。
私は、現世と幽世の隔たりを飛び越えんとする行いを、白日の下に晒されてしまったのです。
「韜晦してください」
私への忠告でした。
「韜晦してください」
次こそは
「韜晦してください」
死が二人を分かたぬ理を以って
「韜晦してください」
生きさえすれば良かったのにと思えるように
いえ、ご放念ください。
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