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ハリ日記 4日目

これで三日坊主はなんとかクリア出来たかもしれません。まだまだ先は長いけれど、自分の足を地につけて一歩ずつ書き残していこうと思う所存です。

 今日は漢方薬のお話を少し書いていきたいと思います。元々サラリーウーマンだった私は過労と元々の虚弱体質で体調が悪いことのほうが多い時間を過ごしてきました。会社員時代に友人が漢方を飲み始めて体調が良くなったと聞き、私もそれなら・・・と近くの漢方内科に通うことにしました。
 土曜日に眠い目を擦りながら予約して、帰りにはスーパーの袋いっぱいの粉薬をもらって意気揚々と帰宅する私。言われた通り粉薬を飲む生活。これできっと私も体調が良くなるはず。そう思っていました。今思うと浅はかだったなと思います。
 医療について無知過ぎた。そうも思います。
 次第に薬を飲んでも何も変わらないことにイライラし、気がつけば病院の予約も取るのがめんどくさくなる始末。あの時私が何の薬を飲んでいたのかは忘れましたが、お医者さんが「これで良くならなかったら精神科か心療内科に行ってウツの診断をもらってくるしかない」という主旨の事を言われたのがショックでした。

最後になる診察で(結局その言葉をきっかけに通うのを辞めた)その言葉を聞いた時、調子が良くならないのはウツだから、ウツなら漢方を飲んでも良くならない。と言われたように当時の私は思っていました。そして帰り道にフツフツと湧き上がる怒り。
この人が間違っていても、私にはその知識がないから分からない。それなら勉強して自分で自分の体を治せるようにならなくちゃ!(そして、そうしたら治療代ただじゃん!)
そう思って、持ち前の行動力で漢方を日本で学ぶための場所を探し始めるのでした。

漢方内科に1年ほど通い、その間に良くなりもしない薬を飲み続けその医療費が漢方、通常の病院を含め月に1万以上・・・。おおよそ10万円になった時、私の中でこんな無駄なお金の使い方はないな。と思ったのでした。
結果的にその後も仕事はどんどん積み重なり、体調はどんどん悪化し、私は結局心療内科で軽度の鬱と診断され、その後会社を退職します。
今思うと薬も処方されず、カウンセリングも受けず、診断書をもらいその後するすると休職し、仕事を辞め、そして偶然が重なり、鍼灸専門学校と天津中医薬大学のダブルスクールを始める日々がやってくるのです。

元々大学で中国語科だったのと、国費で北京大学に語学留学をしていたものの、教養としての中国語(日常会話、テレビを見ておおよそ理解できる)レベルの中国語でまさか、薬学部の有機化学、生薬学、処方学を学ぶ日が来るなんて・・・。
毎回、実験のレポートを中国語で書くのに苦労しました。中国人の1回り下の子達に囲まれて試験を受ける日々。それは会社で働いていた時同様吐くほど辛いはず・・・。
合間に往診に行ったり、中国語が出来るメリットを活かし、大学の附属病院の先生にも可愛がっていただいて、本当に多くの経験を積ませてもらいました。

今は鍼灸施術がメインの仕事ではありますが、病院でこの薬が効かなかったらウツだから精神科に行け、といったお医者さんや私は勉強してきてこの道長い中医師だからと説明もせずに煎じる薬を山のようにくれる薬剤師も、診断書出すからとりあえず休んで。といった心療内科の医師も誰も私を救ってはくれませんでした。
そのおかげで今の私がいます。
そして、その経験のおかげで、

今あなたの体の状態をあなたはどう思う?

と問いかけられる鍼灸師・登録販売者になれました。
当時の私を振り返ってみて、あの時の私は他力本願で、自分の体調不良は誰かのせいにしていたように思います。自分の体は自分で手綱を握ること。
良くしたいの良くとは一人一人違うから、自分がどうしたいのか、それと向き合うお手伝いをすることはセラピストにとって必要不可欠なことだと思っている。

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