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【ビジネス本再読】長谷部誠「心を整える~勝利をたぐり寄せるための習慣」④信頼を得る。

今回も長谷部誠選手の名著「心を整える~勝利をたぐり寄せるための56の習慣」から私の心に強く印象に残ったエピソードを一部ご紹介しながら進めていきたいと思います。読み直しながらつくづく思うのですが、この本はぜひとも中学・高校の教科書とかにしたい内容ですね(もしかしてすでになっていたりして・・・)。


運とは口説くもの。

経営の神様と呼ばれる松下幸之助さんが言うように運というのは、自分が何か行動を起こさないと来ないものだと思っているからだ。代理人のロベルト佃さんが「スペイン語で運(la suerte)は女性名詞。だから、アルゼンチンの人たちは「運を女性のように口説きなさい」というんだ。何も努力しないで振り向いてくれる女性なんていないだろ?それと同じで、運もこちらが必死に口説こうとしないと振り向いてくれないんだ」異性を口説くのと同じように、運も口説きなさい。ユーモアがあって、堅苦しくなくて、僕はこのアルゼンチンのことわざを一発で好きになった。運を口説くことに関しては、とことん上手くなりたいと思っている。

「心を整える~勝利をたぐり寄せるための56の習慣」長谷部誠著より抜粋

「幸運の女神は前髪しかない」という諺もありますが、アルゼンチンにも似たような表現があるんですね。しかもラテン系らしい情熱的な言い回しがいいですね(笑)。企業経営者の方々も「運」を言うものを大事にしている、という話も聞いたことがあります。たしか京セラの稲森会長も完全に理系人なのですが、製品が完成した際に「(最後に)祈ったか?」と尋ねたとか。それくらい「神頼み」をする「気持ち・心持ち」が大事なんでしょうね。単に受け身で待っているだけで無く、自分からチャンスを掴みにいく、当然努力もする、そして最後は神様に祈る。日本にはたくさんの神様がいらっしゃいますからね(しかも複数の御利益を兼ねていらっしゃることも多いですし)、なんとかして幸運を掴みたいものですね。

勇気を持って進言すべき時もある。

一般社会においては良かれと思って上司に進言しても、それが原因で上司ともめてしまうことがある。僕は何かチームに置いて気がついたことがあったら、直接監督に進言するようにしている。京セラ創業者の稲盛和夫さんがこう言っているのを本で読んだことがある。「判断に迷った時は、人として正しいかどうかを考えるようにしている。」チームのために進言することは、「人として正しい」ことだと僕は思う。だから進言するかで迷った時は、「自己保身のために言わないことの方こそ、正しくない行動のはずだ」と考える。将来、自分がチームを率いる立場になれるかはわからないが、その時は選手からの進言に耳を傾けられる人間になりたい。

同上

これは私流に言うと「何を言ったかより、誰が言ったか」の世界だと思っています。長谷部選手の人柄や信用、「7つの習慣」で言うなら「信頼残高」などなど全ての要素によって、「長谷部が言うなら、聞こうじゃないか」となったんだと思います。相手にもプロとしてのプライドもあるでしょうし、素直に聞く耳を持つのはちょっと気構えてしまうはず。やっぱり長谷部選手だからこそなせる技なんだと思います。京セラの稲森会長の場合はご自身がプロジェクトでもリーダーでしたし、その後も経営者としてトップを走っていたため、ご自身で律していらしたんでしょう。これもまた並大抵の人間には出来ないことだと思います、プライドやエゴもあるでしょうから。

そしてこのエピソードの微笑ましいのが、ラストの部分です。「将来、自分がチームを率いる立場になれるかはわからないが、その時は選手からの進言に耳を傾けられる人間になりたい。」とのことですが、いよいよ現実に指導者の道を歩き始めていらっしゃるんですよね、長谷部選手。きっと彼のことだから、選手たちの声に耳を傾けながらチームマネジメントをされているように思うのですが、この当時からこのような気持ちでプレーされていたんですね、素晴らしいと思います。

努力や我慢はひけらかさない。

努力や我慢は秘密にすべきだ。なぜなら、周囲からの尊敬や道場は自分の心の中に甘えを呼び込んでしまうから。自分が発する言葉というのは自分自身に語りかけているところがある。口にした言葉は自分の耳を通じて、自分の心に届く。だから、皆の前で痛みを認めるのは、自分自身で自分の中に言い訳の『種』を植え付けるようなものだ。

努力に対しても同様だ。試合に向けてどんな準備をしてきたかは自分自身だけが分かっていればいい。周囲からの尊敬や同情は、気がつかないうちに自分の中に甘えを作ってしまう。甘えができたら、楽な方に流れてしまう恐れがある。特に自分が追い込まれて、ギリギリの判断を迫られた時に。

同上

いますよね、なんだかんだととにかく自分を認めて欲しい、承認欲求過剰人間。こちらに余裕があるなら、多少は相手も出来ますが(いや、それでも面倒くさいですね、笑)、忙しいときだとしたら・・・。かつての「オレオレ詐欺」ならぬ、「アレオレ詐欺」。気持ちは分かりますけどね、自分がやったことを褒めて欲しい、今の自分の状況を分かって欲しい・・・。ただ、これが毎回のことになると、クセになりますからね、そして何より自分で自分の評判を下げることになるわけですから。毎回ではないですが、努力などは「見ている人は見てくれている」こともありますからね、それを信じてあまり自分からアピールしなくてもいいのかな、と思いますね(・・・と、言いつつ自分もそうなっていないようにという自戒も込めて笑)

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