オーストラリアは美味しい(4)
自分だけのワインを造る
ワイナリーオーナーの思い
クリードワイン併設のホテル、リンドックヒル・ホテルに泊まると知ったオーナー、マークが、僕を自慢のレストランでのディナーに紹介してくれた。側面を全てがガラス張りの開放感あふれるおしゃれなレストランでのフルコース。そのメインコースを味わう時に開けたのが、
クリードワインのマックス・シングルヴァインヤード・シラーズ2006
Crred Wines Max's Single Vineyards Lyndoch GHR Shiraz 2006
クリードワインは日本未入荷だったし、オーストラリアのレストランでも、ついつい自分の知っているワイナリーのワインをオーダーしてしまうので、このワインはまだ飲んだことはなかった。オーストラリアのシラーズと言えばジャミーでどっしりとしたイメージが強いのだが、このシラーズは、十分ねかして飲み頃というのもあるのだろうが、まろやかな口当たりで、口の中に穏やかにベリーの味わいが広がるような、上品な味。聞くとクリードワインを代表するワインのうちのひとつだという。
「こんなに美味しいワインが造れたら、楽しいだろうね」
牛ヒレ肉のステーキにフォアグラをのせたメインコースを食べながらこう呟いた僕に、
「バロッサのシラーズは特別だからね」
こうつぶやいたマークは一呼吸おいて、言葉を続けた。
「手をかけて丁寧に、真心を込めてワイン造りと向き合う。もちろんブドウのできも気候によって年ごとに違うけれど、造り手がそうした気持ちをもって望めば、美味しいワインができあがるのさ」
ワイナリーのオーナーとして、そしてここバロッサバレーでワイン造りを行っているワインメーカーとしての矜持を彼の言葉に感じる。
自分が手塩にかけたワインを美味しく飲んでくれるのがうれしいからなのだろう、また僕のグラスにワインを注いでくれる。
「さすがに旅行者はブドウ造りからワインに関わることはできないけれど……。そうそう実は明日、ペンフォールズでワインブレンディングするんだ。せっかくだから美味しいワインを作りたいなぁ」
「その体験ツアーはよく知っているよ。結構評判がいいよ。自分好みのワインをブレンドするのが、どれだけ難しいか、まあ楽しみながらやってごらん」
ワインをこよなく愛するマークが相好崩しながらそう話して、またグラスを空けるのだった。
それにしても今まで僕にとってワインは、ただ、美味しく飲んで楽しむだけのものだった。でも明日、実際にワイン造り(といってもブレンディングだが)にチャレンジできる。この時に飲んだワインがすばらしかったこともあって、ついつい自分が翌日造るワインに期待してしまう。果たしてどんな味のワインができるんだろうか?
《リンドック・ヒルのレストランで自慢の料理とワインのマリアージュを楽しむ》
ワインのブレンディング
三月半ばの南オーストラリアは、日差しがきつい。バロッサバレーの道路の周りには、葉の緑が生き生きとしたブドウ畑が続いている。前夜泊まったクリードワイン併設のリンドックヒル・ホテルから車で 10分ほどのドライブ。途中バロッサバレーの中心タナンダの町中を通り過ぎ、少し走ると、お目当てのワイナリー、ペンフォールズが見えてきた。
ペンフォールズは、オーストラリア内ではもちろん、世界中から高評価を受ける自他共に認めるオーストラリア随一のワイナリー。1844年、英国人医師のクリストファー・ローソン・ペンフォールド博士が妻メアリーと一緒に、患者の治療用にとアデレード郊外マギルでワイン造りを開始したのが始まり。その後南オーストラリア各地にブドウ畑をもつようになり、ここバロッサバレーにも大きなワイナリーを開いた。
ペンフォールズの名を世界に知らしめたのは、1950年代に当時ペンフォールズのチーフワインメーカーであったマックス・シューバート氏の手によって初めて造り上げられたワイン、「グランジ Grange」だ。南オーストラリア州各畑から集められた最上のブドウをブラインドテイスティングしてブレンドして造られる。基本的な配合はシラーズをベースに、カベルネ・ソーヴィニョンを13%未満でブレンドする。年によって「グランジらしい味」を造るためにその配分は変化する。
ペンフォールズは、グランジの1976年ヴィンテージが、世界で最も影響力のあるワイン評論家ロバート・パーカー氏の評価(通称パーカーポイント)で100点満点をたたき出したことで、一躍世界中に知られるようになった。テロワール(ブドウ畑のある土地)重視のフランスワインとは異なる手法で造られたグランジだが、2008年ものもパーカーポイントで二度目の満点を獲得。ボルドーやブルゴーニュのグランヴァン(偉大なワイン)と同レベルという評価を確固たるものにしている。
もちろんペンフォールズが造り出すワインは一本数百~数千ドルするグラジンだけにとどまらず、30ドル前後の普段飲みワインからのバラエティに富んだワインを数多く造っている。僕自身、日本でもたまに普段飲みワインとしてペンフォールズのワインを選ぶことがある。
そんなペンフォールズで一日二回開催されているのが「メイク・ユア・オウン・ブレンドMake Your Own Blend」と名づけられたワインを自分でブレンドする体験ツアー。セラードアで受付を済ませると、その日のツアー担当であるベテランスタッフのスザンヌが現れた。今日のお客はなんと僕一人だという。
「プライベートツアーよ。ラッキーね」
スザンヌが笑顔を見せながらこう言って、ツアーはスタートした。
最初にセラードアー隣のホールでペンフォールズの歴史の話を聞いたあと、二階のブレンドルームに移って、いよいよ自分好みのワイン造り開始だ。
ワインのブレンドというと、ワイン樽が並ぶ薄暗いワイン貯蔵場で、いくつかの樽からグラスにワインを注ぎながらブレンドするのでは、と勝手に想像していた。ところが入った部屋は、壁やテーブルの白がまぶしく感じられるほど明るく、テーブルの上にはメスシリンダーが用意してあるという、まるで化学の実験室のような雰囲気だった。テーブルの上にはメスシリンダーの他に、ブレンド用に用意されたシラーズ、グルナッシュ、ムールヴェードルのワインボトル、テイスティング用のグラス、ブレンドの結果をメモする紙と鉛筆が用意されてる。
「最初にこの三種類のワインをそれぞれテイスティングして、その中でいちばん気に入ったものをメインにしてブレンドするのがポイントよ。いちばん好きな銘柄を50%、残りふたつを25%ずつにブレンドしてスタートするのがおすすめね。私たちペンフォールズでも、この三つをブレンドしたBin138というワインを造っているの。それと飲み比べて、より自分好みはどうか、というふうに判断するのもいいわよ」
こうスザンヌに促されて、シラーズ、グルナッシュ、ムールヴェードル、それにペンフォールズがブレンドしたBin138をテイスティングしてみた。
困った。
テイスティングと言いつつ、どれも美味しく飲めてしまうのである。しかもどんな味にしたい、という明確なイメージも持てない。昨夜ディナーを食べている時にクリードワインのマークが言った「自分好みのワインをブレンドするのが、どれだけ難しいか、まあ楽しみながらやってごらん」というフレーズが頭をよぎる。
ここは南オーストラリアのバロッサバレー。とりあえず、バロッサを代表する銘柄シラーズを中心にブレンディングするのが適当のように思えた。メスシリンダーに50ミリリットル分シラーズを入れ、グルナッシュとムールヴェードルを25ミリリットルずつ加えて合計100ミリリットルとして、それをグラスに注いだ。一回目のテイスティングである。がっくりした。それぞれの銘柄をそのまま飲んだ方が美味しかったのだから。
〈こうなったらシラーズを多目にしていって、シラーズを若干まろやかにしたようなブレンドにするのがいいかも〉
シラーズならではのベリー系の風味を残し、少しスパイシーなグルナッシュとカシスふうアロマをもつムールヴェードルをわずかにブレンドする――完成形は見えたのだが、その後二回目、三回目のブレンドでも思ったようにはいかず。幸いシラーズもグルナッシュもムールヴェードルも、長期熟成に向いた品種だ。家に持ち帰って何年かしたら、よりまろやかになっているかもしれないと勝手に期待して、渋々納得する形でハーフボトルの瓶付けを行った。そんな僕の表情を見ていたスザンヌは
「一回で完璧に満足できるブレンドができたら、天才よ」
そう言って片目をつむって見せた。
《ワインのブレンドは難しいが、とても楽しい》
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