【小説 ショートショート】 惑星のマニフェスト
未来世紀2024年。
地球人は宇宙各惑星とコンタクトを取り、友好的に文化や科学技術をシェアしていた。
また、あまりに荒廃した惑星には地球の技術者が行って悪い環境を整えたり、食物を送ったりしていた。
ある惑星では、あまりに施政者の行き過ぎた職権乱用と、惑星の住民を無視した身勝手な統治ぶりで、星自体が立ち枯れ、滅んでしまう可能性があり、そこへ政治学者などが乗り込み、施政者を引きずり落とそうと、惑星の住民を説得しようしていた。
各惑星の政治を知る博士と、惑星の言語学者たちは惑星の施設で、彼らは秘密裏に住民たちと会合を持った。
「お集まりになられた住民の方。国民、と表現したほうがいいのかな?」
壇上に立っていた博士が聞くと、横に座っていたその惑星の言語学者が頷いた。
「このままではこの星は滅びます。今すぐ新しい施政者を任命しないと…。しかし、この星は幸いに民主的に施政者を選ぶことができます」
施設に集まった惑星の星人のに向かい、言語学者がそれを翻訳して、星人たちに喋りかける。すると、前の方にいた、若い星人がモゴモゴと何かを言った。
「なんと言っていますか?」
博士が惑星言語学者に聞いた。
「興味がない、と言っています」
「そうか、あなたは何をやっている方?」
言語学者がそれをまた翻訳してしゃべると、若い星人がまた何かを言った。
「地球でいうと、コンビニみたいなところで働いているみたいです」
「興味がない、と言っても、その仕事だとそれほどほどお金は稼げていないはずですよね?」
若い星人が博士に答えた。
「余計なお世話だ、と言っています」
「余計といいますけど、この国の施政者。総理でいいのかな?」
「はい」
惑星言語学者がまたうなづく。
「総理はあなたたちにお金を使わず、自分たちが都合のいい公共事業などをやって、自分たちのお金を稼いでいるんですよ」
若い星人は首を振りつつ喋っている。
「なんか難しくてわからないらしいです」
「わかるでしょ。これぐらい」
ごほん、と咳をして、博士は説明を始める。
「いいですか、この星は昔は豊かで、政治なんか私たちの生活とカンケーないじゃん、と言ってられましたが、今は宇宙の中でも貧困な星ですから、貧しくなったこの星ではそんなこと言ってられませんよ。この星の四人に一人は貧困なんですよ」
「貧困、貧困ってうるさいって」
「そうか、これは困ったな…」
博士は頭をかいた。
話を聞いていた、中年ぐらいの男の星人が、もごもごと口を動かし何か言っている。
「彼はなんと言ってますか?」
「君たちにそう言われると、身につまされすぎて…」
「この人はちゃんとわかってくれているんだな」
博士は星人に話が通じたと思い感心した。
「とても腹がたつと言ってます」
「そうでしょう。そんなひどい権力者には腹が立ちますよね」
「いや、お前らにだって」
「なんで俺たちに腹を立ててるんだ?」
会合に参加していた地球の政治学者が、不満そうに呟いた。
「こんなことではいけない。いますぐみんなで立ち上がらないと…。いいですか、民主主義の危機が訪れているんですよ」
博士が星人たちに説得しようとすると、一番後ろの若い星人が何かを言った。
「なんかダサいだって」
言語学者がそう翻訳する。
「何だと!貧乏人のお前になんか言われる筋合いはない!」
博士は唾を飛ばして激怒した。
「怒っちゃダメですよ、怒っちゃ…」
言語学者が博士を宥めた。
「何か、ここまでで意見がある人は」
後ろの方に座っていた、身長の大きな星人が何かを言った。
「俺は年収、地球の日本でいうところの額で、700万ぐらいもらってるから大丈夫だ、ですって」
「700万、と言っても、税金が上がれば出費もかさむし、子供がいればなお大変でしょう。この間の増税で収入はどうなったんですか、と聞いてください」
「確かに一千万から七百万に減った、だって」
「随分減ってるじゃないか」
博士が呆れながら言った。
「どこからその安心感が生まれるんだろうな…」
政治学者も首を傾げ頭を悩ませる。
今度は体の細い女の星人が、何かを言っている。
「施政者を誰に変えるつもりなのか?と質問しています」
「まあ、候補はあなたがたから出してもいいが。ここにも候補者がいます」
博士は椅子に座った星人を紹介する。
「そいつは誰だ、と言っています。知らない星人を総理にできないと…」
「確かに、マニフェストが分からないと投票しにくいのはわかります。これが彼のマニフェストです」
博士は紙に書かれたマニフェストを星人全員に配った。
そのマニフェストを星人たちは真剣に読み始める。
すると、口々に星人たちは何かを言った。
「いい公約だと言ってます」
「それは良かった」
博士はほっとした。
「でも、知らないやつだから投票しないって」
「それじゃ、マニフェストの意味がないだろ…」
「今の総理も、大臣も、TVによく出ていて知ってるらしいです。TVに出ている人はみんな友達だ、と…」
「お前ら、今まで言ってきたこと、わかってるのか、そいつらがひどい政治をやってきたんだぞ」
顔を真っ赤にした博士が怒った。
「でも、知っているほうが安心するって」
「もう、俺は知らん!」
政治学者はげんなりして匙を投げた。
また太った星人が立ち上がり地球人に喋りかけてきた。
「何だって?」
博士が言語学者に聞く。
「言ってることはよくわかった、でも、どうせお前ら金持ちなんだろ?って」
「どうせって何だよ」
「そんな金持ちでもないけどな」
「金持ちの提案でも、自分の生活が変わったほうがいいだろ」
「何でそんなこと言い出すんだろ?」
「全く、意味がわからんな、この星人たちは」
博士は物分かりの悪い星人たちに、辟易としてため息をついた。
そうしているうちに、施設の外で異変があったようだった。
外で警備をしていた地球人警備隊が、血相を変え、施設の中へ入ってきた。
「どうした?」
「外に惑星の秘密ポリスが!」
「何だって‼︎」
博士が驚いて施設の入り口を見つめた。
「星人の誰が通報したんじゃないか?」
政治学者が立ち上がり声を荒げる。
「今すぐ裏口から逃げてください!」
警備員の一言で、博士ら地球人と、星人の立候補者は裏口から飛び出し、施設の外に停めた自分たちの宇宙船へと走っていく。
その後ろを秘密ポリスと、懇談会をしていた星人たちが追っていく。
星人たちは口々に「キュー」と言いながら、地球人たちに石を投げつけた。
「あれはなんと言っているんだ?」
博士が走りながら、惑星言語学者に聞いた。
「やっちまえ、ぶっ殺せって言ってます!」
「あのばかども…」
博士は後ろを振り向きつつ必死に走った。
地球人プラス星人はなんとか、宇宙船に乗り込み、待機していた操縦士に指示を出した。宇宙船は追いついたポリスや、星人が宇宙船のタラップにしがみつくのを振り落とし、無事、地球へと向かっていった。
「飛んだ馬鹿野郎でしたね…」
呼吸の落ち着いてきた惑星学者が、宇宙船の鉄の床に腰を下ろし呟いた。
「いや、私たちの説明が悪かったのかもしれない」
しかし、生真面目な博士は床に座りつつも、自らの誤りを悔いた。
「我々説明があまりにも直接的すぎたんじゃないだろうか?」
「では、どうすれば…」
「寓話にしてみたらどうだろう?」
「寓話?どういう話にするんですか」
政治学者が聞いた。
「ある、君たちのいる星じゃないある星に、貧乏で騙されやすい人がいて…」
「流石に自分たちのことだって気がつくだろ」
言語学者が思わずタメ口で突っ込んだ。
「いや、どうかな?」
その言葉に疑問を投げかける政治学者。
「なにその話、意味わかんなーい、とか言ったりして」
「それはありうるな…」
言語学者は諦観を込めて深く頷いた。(終)