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【小説 ショートショート】 りりぃ(テキヤレザレクション)

※めちゃくちゃな話です。
 TMGEオマージュ
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仕事にあぶれたテキ屋のたつの生活は荒れていた。

朝から酒を煽り、昼にはチェーン系の飲食店、目高屋でビールと餃子を頼み、昼飲みをする。
夜は夜で居酒屋で、そして自宅で一人酒を飲む。
飲んでも飲んでも気が晴れず、気分はどんよりと落ち込む一方だった。
妻と一人息子は十数年前に家を出ていったきりで、それから一回も会っていない。
妹に嫌われ実家は出入り禁止。全てはたつの自業自得ではあったのだが…。
                                                     
いつものように、たつが朝遅く起き、昼過ぎに外へ繰り出すと、街は全て灰色に見えた。廃墟のようなビル街、擦り切れたような労働者たち…。週末感がどこもかしこも漂っている。たつの目には世界はそう見えていた。
「俺もこの世界もおしまいさ…」
そう嘯いて、たつは歩いてゆく。
たつはいつものように近所の目高屋に入り、ビールと餃子を頼んだ。
ビールを飲んで餃子を一口食べると、たつは眠気に襲われた。
とはいえ、彼の生活ははほとんど毎日半分、寝ているようなものだったが…。
「起きろ、ジジイ」
いきなり声がして、タツが目を覚ますと、横に酔っ払ったたつに三十代ぐらいのスーツの男が座った。
「なんだと!」
タツが怒って喧嘩になると思いきや、
「ねーちゃん、ビール」
とサラリーマンは呂律の回らない口で店員に声をかけた。
男からは酒の匂いがいきなりしている。どこかで酒を飲んで、この目高屋に来た様子だった。
ただの酔っ払いに、たつも怒る気が失せてしまった。
「ありがとう」
隣に座った男はビールの入ったジョッキを持ってきてもらい、それを一杯飲んだ。
サラリーマンが昼のみとは、いよいよこの国も終わっているとたつは自分も酔いながら思っていた。
半分寝かけたたつに、
「すくろーたが来るぞ…」
酔っ払ったまま、男は訳のわかららないことを、たつに向かって言った。
「?」変な言葉が気になったが、そのままたつは寝てしまった。
                                                      
夜になって外出から帰ってきたが、家にいても、思い出されるのは、若い頃の輝かしい記憶…。
たつの最愛の恋人、『りりぃ』のことだけだった。
彼女に会いたい…。その一心が、過去に捨てたはずの悪癖に手を出すことになった。
たつは、ちゃぶ台の前に胡座をかき、口で太いゴムのバンドの端を咥え、左手にそれを巻くと、浮き出た血管に用意していた注射針を突き刺す。親指でプランジャを押し込むと、冷たい液体が静脈に流れていく。
次第に、たつの意識が混沌としてくる。
「りりぃ…。今、会いにいくぞ」そう呟くと、
完全に薬が回って、たつは酒瓶やコップの散乱した、ちゃぶ台の上に倒れ込んだ…。

                         
居酒屋「夜間飛行」の店の看板の電気がつく。曇りガラスのはめられた木枠の引き戸を開け、暖簾をくぐり看板娘のりりぃは店の外に出た。
外はあたり一面に青い霧が立ち込め、全く前が見えない。
「たつさん遅いわね…」
昭和のコケティッシュガールを体現する、茶色に染めた髪で着物姿のりりぃが呟いた。
強い風が吹きつけ、青い霧がゆらめいている。
しばらくすると、そこに黒い影が現れ、それが徐々に人の形を作っていく。その影が徐々にはっきりとしてくると…。
「たつさん…」思わずりりぃがそう呟く。
霧の中から、テキヤのたつの姿が現れたのだ。
「遅かったじゃないの」
「りりぃ、久しぶりだな…」
たつは俯きがちに、照れたような笑顔を見せる。
「まあ、一杯やろうよ…」
たつの肩を抱いて、りりぃは店の中へ入っていく。
「久しぶりですね。たつさん」
カウンターにいた、歳の若い大将がにこやかにたつを迎えた。
「たつさん、いつものやつでいいですか?」
「ああ、いつものビールで」
たつはそう言って微笑むと、カウンターに座り、ビニールに入ったおしぼりを取り出し、手を拭いて、その後、顔を拭う。
「さあ、駆けつけ一杯」
横に座ったりりぃが、小さなグラスにビールを注いだ。
「ありがとう」
たつは嬉しそうにそれを飲み干した。
「ずいぶん久しぶりだったじゃない」
りりぃはまたグラスにビールを注ぎながらたつに聞いた。
「まあ色々あってな…」
たつは誤魔化して苦笑いをする。
「それはそうと、お二人がどこで出会ったのか聞いたことなかったですよね」
大将が大きな丸い皿を、布巾でぬぐいながら聞いた。
「ああ、そのことね」
「なにしろ古い昔のことだからなあ…」
たつとりりぃが思わず顔を見合わせ微笑む。
「出会いはまあ…」
「兆億万?」
「っていよりコマ送りっていうか…」
「兆億万?コマ送り?」
大将は二人の言っている意味がわからず、首を傾げている。
「出会いはね…」
「ああ、そういうことか。兆億万を少しずらすと、歌謡曲の歌詞になりますね…。コマ送りは…」
大将が言いかけると、
「まあまあ、いいじゃない。はっきり引用すると、もしかして、これがかかるかもしれないし…」
親指と人差し指で丸を作りつつ、りりぃが皆まで言うなとばかりにそれを止めた。
「夏祭りで焼きそば焼いてるたつさんと出会って」
「そこから付き合うことになったんだよな」
たつが大将に向かって話し始める。
「付き合い始めたのに、俺がテキ屋の仕事で、地方に行くことになって離れなくてはいけなくてな」
「それは辛いですね…」
「駅で別れる時に、俺がりりぃにコットンの手拭いをくれって言って」
「コットンの手拭い…」
大将は色々考えて元ネタの歌謡曲を思い出した。
しかし、なんでこんなに引用を歪曲しながら、恋愛の話をしなければならないんだろうと思いながら…。
「私はね。その時、バーで歌手をやってたの」
「へえ。映画の世界みたいですね」
「毎日、ラブソングを歌ってたんだけど、何ヶ月か後に、突然、たつさんから手紙が来て」
「手紙がですか…」
「嬉しいなと思ったんだけど、でも、それには黒い縁があってね…」
「それは葬式の知らせだろ。俺は死んでないし、別のやつの話なんじゃないか?」
「いや、あの…」
やはり、昭和歌謡を思わせる物語の記憶違いに、少し険悪なムードが二人に漂った。
「とにかく、たつさんとりりぃさんは、切っても切れない縁だったと…」
大将がまとめに入る。
「あの頃、恋はセブンイレブンでも売っていたけど、俺にはりりぃしか目に入らなかったんだ」
「私もそうよ」
「ほう…」
大将は平成のJーPOPを思い起こしながら、こいつら一体幾つなんだよと密かに思っていた。
「あの頃は路面電車に乗って、よくりりぃの家まで会いに行ってたよな」
「そうねえ」
「路面電車か懐かしいですね。ちんちん電車って言われてた…」
「恋の路面電車ね」
「今からりりぃのとこまで、てんむすくって、これが俺の最大スピードさってね」
「引用がマニアックすぎて誰もわからないと思いますよ…」
大将が某YouTuberのことを思い浮かべつつ突っ込んだ。
       
                  
思い出話に花を咲かせていると、突然、バーの壁に据え付けられていた、ブルーのサイレンが点滅した。
「ん?」
酔っ払いかけていたタツが目を覚ます。
「これはもしかして…」
「きっとそうだわ」
大将とりりぃが視線を合わせる。
「あいつらにここがバレたんだ!」
リリイが着物の帯を解いてそれを脱ぐと、黒いサテンのようなツルツルした素材の、未来の服のような、若しくはSMの女王のようなタイトなボディースーツ姿になった。
「おい、どうしたんだ。そんな格好して…」
「話は後で!」
大将も割烹着を脱ぎ、やはり黒のロングコート姿になる。
りりぃは黄色のゴーグルのようなものをかけている。
「りりぃ、何をやっているんだ」
「私はりりぃじゃない。アミル・ヨサ=ファト…」
「アミル…何を言ってるんだ?」
そんな会話をしているうちに、大きな爆発音がして、居酒屋の玄関が破壊された。
「奴らがきた!」
「スクロータ!」
もうもうと煙が立ち込める中、りりぃ転じて、ヨサ・ファトが酔いの醒めないたつを抱き抱え、裏口へ向かおうとする。
破壊された玄関からスクロータの『代理人』たちがが殺到した。
「逃げろ‼︎」
二人を急かして自らも逃げようとすると、『代理人』の銃撃によって、大将は前のめりに倒れた。りりぃが助け起こそうとすると、
「早く逃げるんだ」
と血まみれの手を振って、二人を急かす。
「でも…」
「たつさんは救世主になるかもしれない…」
と言いつつ、大将は事切れた。
                 
                 
りりぃはたつを抱えたまま、居酒屋の裏口から続く宇宙船の通路のような場所へ歩いてゆく。
「何が起こったんだ」
「スクロータが来たの」
「スクロータって、まさか目高屋で隣のサラリーマンが言ってた…」
「そう。あの人はメッセンジャーだったの」
「意味のない言葉じゃなかったのか。しかし、りりぃ」
「私はりりぃじゃない。あなたもたつじゃないわ」
「なんだって」
「あなたの本当の名前はシャルク・ハン=ドク」
「だから、一体、何を言っているんだ?」
たつはなんだかわからないうちに、宇宙船のような乗り物のコックピットに座らされた。
「あなたはこの世界を救うために必要な人なの」
「必要ったってな…」
「あなた、あの世界にいた時、街の様子はどうだった?」
「俺から見るには、色のない灰色の世界で、もう終わりが来てるのかなってぐらい荒廃して、疲弊し切った感じだったけど…」
「そう。世界は終わりを迎えていたのよ」
「えっ⁉︎俺の勘違いだったんじゃないのか…」
「あなたはそれで危機を感じて、注射を打って、こっちの世界にエスケープしてきたの」
「あれ、へXXXじゃなかったの?」
「本当の記憶が戻るまで時間がかかりそうね」
ヨサ・ファトはたつのおでこに手を当てる。
「これからどうするんだ?」
「きっと彼らも私たちを追ってくるはず…」
そう言いつつ、ヨサ・ファトは操縦席に座ってヘルメットを被り、
「ALBドライブに切り替えて」
と語りかけると、人工知能の通称『ダグラス』が「了解」と言葉を返す。
「しっかり捕まって。ビッグランチが起きるわよ!」
ヨサ・ファトが操縦桿を一気に引くと、二人の乗り込んだ、蟹型の工作船がジェットを噴射させながら、居酒屋を吹っ飛ばし、真っ暗な空に向かって突き進んでゆく。
「シャルク・ハン=ドクか。俺ってそんな名前だったけな?」
窓に映る星の光が線を引いて、後ろの方へ消えてゆく。
そんな光景を眺めながら、ハンは過去に起こった何かを思い出しそうで、思い出せそうもなかった。(終)


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