盛大にやらかした…それでも人生は続いていく『サンダーロード』
6月19日から公開された『サンダーロード』という映画を知っているだろうか。ある男の悲喜劇を描いたこの作品は、カンヌ国際映画祭に出品されたほか、シアトル映画祭やナッシュビル映画祭などでは受賞、アメリカ最大のインディペンデント映画祭のサウス・バイ・サウスウエストでは、グランプリを受賞するなど世界中の映画祭を座巻、世界最大の映画レビューサイトRottenTomatoesで満足度96%と高い評価を得ている。監督を務めたのは新鋭ジム・カミングス。監督だけでなく脚本・編集・音楽・主演と1人5役つとめている事でも話題になった。筆者も先日、新宿武蔵野館で鑑賞してきたので、ここでは本作のあらすじ、製作経緯などを感想を交えて書いていきたい。
製作年:2018年 製作国:アメリカ 監督:ジム・カミングス
【不器用な男のやらかし劇】
母を亡くした警察官のジム。映画は厳かな葬儀の場面から始まる。遺族を代表して参列者たちの前でスピーチするジム。亡き母との切ない思い出を涙交じりに語る姿は感動的なものであるはずが、どこかおかしい。そしてジムは、亡き母が好きだったというブルース・スプリングスティーンの『涙のサンダーロード』を流し、歌に合わせて踊ろうとするが、それが決定的に場の空気を微妙なものに変えてしまう。その事がきっかけであるかのように、次々とジムの身に降りかかってくる不運な出来事がおとずれる。果たしてジムの人生どうなっていくのか…というあらすじ。
「決して悪い人ではないけど、少し取っつきづらい」あなたの身近にはこんな人いないだろうか。主人公のジムとはそんな人物だと思ってもらえれば良い。本作は、とにかくジムが不器用で見ていてもどかしい。それでいてとことんついてない。葬儀のやらかしだけでなく、娘との関係も上手くいかないし、大事な場面ではやらかしてしまう。本作はそんなジムを不器用ながら懸命に生きる姿を描いている。
【製作経緯:絶賛された短編をもとにしている】
本作のアイデアは、監督が親友から聞いたエピソードがもととなっている。親友の友人が、自分の母親の葬儀で歌を歌ったところ、その場の空気が最悪になってしまい、友人はしばらく立ち直れなかったらしい。その話を聞いた監督は、自分なら何を歌うだろうかと考えた。そこで頭に浮かんだのが、ブルース・スプリングスティーンの『涙のサンダーロード』だろうと。その時のアイデアをもとに、監督は短編の『Thunder Road』という作品を撮った。6時間で撮ったこの短編は、サンダンス映画祭で絶賛されグランプリを獲得することになる。ちなみにその短編は現在、動画配信サイト『Viemo』にて公開されているので下にリンクを貼っておく。約12分の短い短編なので興味ある人は是非観ていって欲しい。(ただし、日本語字幕がないのと、期間限定なので、タイミングによっては見れなくなるかもしれないが…)また、短編と本編では、ある部分で演出が決定的に違っているので、そこを比べるのも楽しいかもしれない。
絶賛された短編だったが、監督は当初、長編化は不可能だと考えていた。この主人公の人生のクライマックスは葬儀の場面にこそ凝縮されていると。それまでの前日譚は蛇足だと考えたのだ。しかし、ある時、このクライマックスの場面を冒頭にもってくる事を思いつく。描くのは、盛大なやらかし後の人生。そこを描くことにより、不器用な男が奮闘する映画が出来上がったのだ。
【可笑しさと哀しさが同居する空間】
母親の葬儀で盛大にやらかしてしまった男、このあらすじだけ聞くとシュールで笑える映画だと思う人も多いだろう。筆者もそこを期待して観に行った。しかし、実際に観て感じたのは、そういった笑える要素よりも、一種の気まずさに似た気持ち。生真面目過ぎるジムがやらかす様子は、可笑しみもある一方、哀愁が漂ってきて笑うに笑えないのだ。他の方の感想を目にしても同じような事を書いてる方はいたので、そう思った人は少ないくないのかもしれない。しかし、これは決して監督の演出不足ではない。パンフレットのインタビューによると、監督が本作を製作するうえで一番重視したのは観客に作品のジャンルを考えさせないようにすること。その為に色補正をし、できるだけ平凡な色のトーンを用いている。生真面目な主人公が奮闘する姿を通じて、観客は笑い、涙、怒り…様々な感情を感じる事になる。ジムが警察署の前でやらかす場面での叫びが胸を打つ。悲しみは簡単に癒すことはできないし、その感情を抱えたまま世間と折り合いをつけるのも難しい。監督が描きたかったのは、まさしく全てひっくるめた人間の人生なのだろう。ラストは意外な展開が待っている。正直、筆者は、少し都合が良すぎる展開だなとも思ったが、そこには監督の優しい眼差しがあるのかもしれない。ジャンル付けをさせたくないと語った監督だが、筆者はこの映画はヒューマンドラマだと感じた。ジムの人生はこれからも、きっとたやすくはないだろう。それでも人生は続いていく。
(参考記事)
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