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【そして誰しも大人になっていく】映画『夏時間』

映画『夏時間』は2月27日に公開された韓国映画だ。1人の少女のひと夏を描いた本作は、釜山国際映画祭で4部門を受賞したほか、ロッテルダム国際映画祭のBright Future長編部門でグランプリを受賞するなど国際的にも高い評価を得ている。筆者も2月27日にユーロスペースの12:45の回で鑑賞してきたが、これがノスタルジーを感じさせまくる素晴らしい作品だった。今回は内容の紹介とともにその素晴らしさを語っていこうと思う。ちなみに内容にけっこう触れているので、未鑑賞の方はご注意を。本作が気になってる方は、本当に良い作品なので、ぜひ鑑賞をお薦めしたい。

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本作は、夏休みに父・弟とともに祖父の家に引っ越してきた少女の心の成長を描いた物語だ。思春期の少女の成長を描いた作品というと、去年公開された『はちどり』を思い出す人も多いんじゃないだろうか。子供が夏休みを通して成長するという点では『夏休み映画』にも括られる作品といえる。以前、記事でも書かせてもらったが、(下記参照)夏という季節は、子供にとって自分を見つめ、世界を意識する特別な季節なのかもしれない。

冒頭、オクジャ達が祖父の家に引っ越してくるところから物語は始まる。本作の舞台は現代だが、劇中には数多くの懐かしいモノが登場する。蚊帳に扇風機、虫の鳴き声にスイカ…日本でも馴染み深いアイテムは観客を共感させるだけでなく、家族と過ごすオクジャの姿に観客はノスタルジーを刺激させられるだろう。筆者は本作を観ながら、お盆に親戚の家に行っていた子供時代を思い出していた。お隣の国ということもあるが、まさにノスタルジーに国境はないということも実感した。

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だが、本作はただのノスタルジックな子供映画ではない。物語が進むにつれ、次第に不穏な空気が漂いはじめる。オクジャの父親とその妹(オクジャにとっては叔母にあたる)は本作の重要なキャラクターだ。祖父を老人ホームに入れ、家を売り払うことを画策する父親と叔母。大人であれば理解できる行動だが、子供のオクジャには裏切りともいえる酷い行為だ。この物語が良く出来ているところは、オクジャとドンジュという幼い姉弟と対照的に、父と叔母という大人になった兄妹の姿も描かれているところだ。子供のオクジャからすると父と叔母の行動は汚い大人の姿として映るだろう。しかし、彼らもかつてはオクジャとドンジュのような子供であったのだ。そして彼らはオクジャとドンジュの未来の姿かもしれない。この過去と未来を感じさせる関係性が物語により深みを与えていると感じた。

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祖父の死、父と叔母の知らなかった姿、恋人との関係…オクジャはこの夏にさまざまな痛みを体験する。その中でも、特に切ないのは母親との関係だ。家を出て行った母に怒りを隠さないオクジャ。それは母親と会ったドンジュに激怒する姿からも伺える。しかし、その気持ちは裏返せば、それだけ母を恋しく思っているからに他ならない。
だからこそのお通夜の場面。朝方に母が立ち去ったという事にオクジャはショックを受けるし、あの時には母がもう戻ってこないことを実感したに違いない。映画のラスト、オクジャが泣きじゃくる場面。一見すると祖父の死を悲しんでいるだけに見えるかもしれないが、あの場面にはオクジャにしか分からないさまざまな悲しみが込められているのだ。

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監督は今作が長編デビュー作となるユン・ダンビ。
実は鑑賞後にオンラインでの監督のQ&Aがあったので、ここからはそのことも交えながら書いていきたい。まず、物語に関してたが、本作は監督の自伝的物語かと思ったらそうではないということを聞いて驚いた。好きな日本の監督には小津安二郎を挙げており、確かに本作でも固定されたカメラワークが多用されたり、その影響が見て取れる。他にも美術面でも日本の映画製作の影響を語っており、(こちらはパンフレットにも記載されている)監督が東京藝術大学大学院で1週間の特別講義を受けた際、是枝監督の『誰も知らない』(2004年)、『歩いても 歩いても』(2008年)の美術監督、磯見俊裕氏に「どのように作業したのか?」と聞いた際、「どのようにセットを作りこんでも実在する空間には適わない」と答えてもらったと語っている。

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その言葉に影響を受けたこともあってか、本作の舞台となる祖父の家は実際にある家で撮影をしている。何でも韓国で70年代に人気のあった家とのこと。(ちなみに本作の主題歌も70年代に韓国に流行った歌謡曲とのこと)劇中では2階と1階を区切る扉が使われているが、これは監督が気に入って空間演出に使ったということで、蚊帳と同じくオクジャの心を表す効果的な小道具となっている。(本来は暖房を逃さないように取り付けられたものらしいが、普段は使ってなかったらしい)また、キャスティングについても語っており、主人公のオクジャを演じたチェ・ジョンウンは映像ではなく写真を見て決めたというエピソードは驚いたし、(会場ではその写真も見せてくれた)弟のドンジュを演じたパク・スンジュンに関しては、オーディションでのエピソードが大変面白くて会場でも笑いが起きていた。(オーディションに来た時、すごく暗い顔をしていのでどうしたのか聞いたら、眠たいと答えたので仮眠をとらせたら、椅子が固かったと不満を漏らした。その自然体の姿を監督が気に入って採用したとのこと)劇中でもドンジュの存在感は癒しそのもの。きっと映画を観た人は全員ドンジュのことが好きになるんじゃないだろうか。

夏時間⑥ (1)

それにしてもユン・ダンビ監督、長編デビュー作にして凄まじい才気を感じる監督だ。次回作が楽しみなのはもちろん、ここ最近の世界的な女性監督の勢いを大いに感じた。(そもそも「女性監督」という括り自体が適切かも分からない)これからの映画界も含め、ユン・ダンビ監督がどんな作品を撮っていくのか楽しみだ。


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ヴィクトリー下村
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