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コーヒー前線

 僕は喫茶店でバイトをしている。常連さんが多く、彼らは店に入ると店員の案内を待たずして自分で席に座り、「〇〇お願いします」と注文する。僕も一応メニューを持っていくのだが、たいていはメニューを見ずに決まったものを注文する。それはもう、作業化された予定調和のやり取りだ。忙しい時なんかは、つい食い気味で「コーヒーですね」と言いたくなる。常連さんのほうも慣れ切って、無意識に注文を発しているような感覚である。しかしこのやりとりにも時に変化が訪れる。

 常連さんの注文はだいたいアイスコーヒーかホットコーヒーなのだが、これが季節によって変わってくる。毎日訪れては「アイスで」と言っていた常連さんが、ある日を境にして「アイ、あっ..ホットでお願いします」と少し照れくさそうに言うのだ。その瞬間僕は、季節の移り変わりを感じる。「冬が来ましたね」なんて言いたいのだが、恥ずかしくて言えないでいる。開花した桜の蕾の数を数えて開花宣言する気象台職員のように僕は、常連さんの座るテーブルから昇る湯気の数を数えて冬の到来を観測する。

 アイスコーヒーの美味しいうなるような暑い夏は過ぎ、いつしか、数人いる常連さんは皆ホットコーヒーを頼むようになった。外もすっかり肌寒くなっている。冬が来ましたね。

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