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その日の天使シリーズ 他学部の学生(24/10/15)

 私は一年休学していたので、同級生はみんな卒業して働いている。大学にはもう知り合いは誰もいない。近所に住んでいた友達も出て行ってしまった。

だから大学を歩くと、パーティ後の片付けのときのような切ない気持ちになるときがある。そして、大勢の見ず知らずの学生たちの喧騒がさらにそれを引き立てる。授業や図書館なんかは平気だが、学食なんかは、寂しくないというと嘘になる。

そんな中、私は今学期、他学部の授業を履修している。この授業では、400人は入る教室が満席になる。ガヤガヤとした教室に、私はホームを装って静かに座った。

授業が始まった。教授が労働力不足の話をしている。私にとっての2024年問題は、この学期を1人で過ごしていくことだ、なんて考えるほどに私は集中している。

教室はコソコソ話でまだ少しガヤガヤしている。

私の前の席には1人で座っている学生がいる。私と同じく、ひとりを学ぶ者だ。君も頑張りたまえ。

すると、後ろから遅れて入室してきたやつが来て、彼の隣に座った。「席ないから助かったわー」と馴れ馴れしい様子で話している。

なんだ。ラインが返ってこないのに上がっている、インスタのストーリーを見たときのような気持ちになった。

教室はまだコソコソしている。

教授は今度は年金保険の話をしている。後ろからは、どのラーメンが美味そうだという、今だけを生きる呑気なコソコソ話が聞こえてくる。

他学部の授業を受けるのは初めてで、正直こんなに騒がしいとは思わなかった。アリの足音のような騒がしさに列をなしたイライラを抱えたまま、授業が終わった。

教授が出席票を回収するのを忘れている。手伝いの大学院生が、慌てて回収のために400席を回ろうとしている。学生たちは、われ先にと院生に群がって教室を出ていこうとしている。昼前の授業を終え、これから食べるラーメンのことしか頭にない学生たちを統制するのは無謀な挑戦だ。

すると

「一緒に出しときましょうか。」

と私の2つ横の席に座っていた見ず知らずの学生が笑顔で私に手を差し出した。

「ありがとうございます。」

久しぶりに発した私の声はかすれていたが、思わず私も笑顔になった。正直私は、彼が横にいたことに気づかなかった。彼も1人で授業を受けていたらしい。

教室を出ると徐々に腹が減ってきた。今日の昼はラーメンにしよう。

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