映画におけるゲーム的な臨場感:『バッドボーイズ RIDE OR DIE』レビュー
マーティン・ローレンス&ウィル・スミス主演、ジェリー・ブラッカイマー製作で、1995年に公開された『バッドボーイズ』。マイケル・ベイ監督の名を世に知らしめ、ウィル・スミスが、ひいてはラッパー出身の俳優がアクションスターになるきっかけになったとも言える作品だ。マイアミを舞台にしたこのバディ・ムービーは興行的にも成功し、大ヒットシリーズとなった。
ぐるっと回り込んで登場人物の表情と空を同時に捉えるスピンショット、テンポのいい、というよりはダイナミックな編集、極端とも思える色彩表現、そしてド派手な爆発とアクション。1作目で既に、ベイヘムとも言われるマイケル・ベイ作品の特徴が盛り込まれていた。ベイヘムは、彼の名前とMayhem=破壊行為をかけ合わせた造語だ。
そのマイケル・ベイ的な派手さをさらに押し広げた2作目『ボーイズ2バッド』(2003年)のあと、しばらく続編は作られなかったが、17年経った2020年に『バッドボーイズ フォー・ライフ』が公開。監督はマイケル・ベイからアディル・エル・アルビ&ビラル・ファラーに交代したものの、予想を超えるヒットを記録した。
それから4年ぶり4作目となるのが、この『バッドボーイズ RIDE OR DIE』だ。監督は引き続きアディル・エル・アルビ&ビラル・ファラーが担当した。
前作のシリアスで重い雰囲気と比べ、原点回帰したかのようにコミカルなやり取りが増えただけでなく、マイケル・ベイおよび1、2作目へのオマージュが多々見られる。困難を前にした主人公たちの顔を、背中からゆっくりと回りながら捉えるマイケル・ベイ的なスピンショットは今作でも健在で、もはやこのシリーズのお馴染みになっている。また、車に轢かれそうな相棒を横っ飛びで助けるシーンと、相手の額を撃ち抜きそれを正面から撮ったショットは、アクション映画にありがちではあるものの、それぞれ1作目と2作目を意識したものだろう。過去作とは担い手がコンビで逆になっているのも、余計にそう感じさせる。
そうしたオマージュに溢れる一方で、この映画をより一層際立たせているのは、銃撃戦において、ゲーム的な臨場感をもたらす斬新なアクションだ。
今作の見せ場の一つに、FPS(ファーストパーソン・シューティングゲーム)的な一人称視点と、ウィル・スミスらの顔を正面から撮るショットとを素早く交互に見せるアクション・シーンがある。いくつものレビューやインタビューでも指摘されているが、この場面はスノーリーカムという体に装着するカメラリグを用いて撮影された。俳優自身が操作してカメラの向きを変え、視点を素早く切り替えることで、没入感を生み出している。
また、銃を投げて渡すというアクション映画やゲームにありがちな描写では、銃が宙を舞うところまでもスノーリーカムで追っている。これによって、CGを用いていないのにも関わらず、シューティングゲームやアクションゲームのトレーラーのような臨場感のある映像になっている。
こうしたゲームの視点やアクション性の取り込みは、ここ数年のトレンドの一つのように思える。たとえば、人気アクション映画シリーズ『ジョン・ウィック』の最新作、『ジョン・ウィック:コンセクエンス』(2023)では、複数の部屋で次々と起こる戦闘を上から俯瞰で撮った、ゲームの大会の実況視点を彷彿とさせるショットが印象的だった。また、2019年に行われたシリーズの過去作のインタビューでは、チャド・スタエルスキ監督が次のように述べている。
FPSをはじめとするゲームの影響を映画にどう落とし込むか。本作、『バッドボーイズ RIDE OR DIE』では、スノーリーカムによる視点の切り替えによって、ゲーム的な表現を可能にしたと言える。
また、本作のこうしたFPS的な視点は突飛なものではなく、そこに至るまでの導線が引かれているように思える。クライマックスのスノーリーカムを用いたアクションの前に、いくつかゲームにまつわる要素が散りばめられているのだ。
まず、マーティン・ローレンス演じるマーカスの家では、娘婿のレジー(デニス・グリーン)が実際にゲームをプレイしている描写がある。その後、物語が進んでいくと、ゲームではなく実際の銃撃戦を、マーカスとウィル・スミス扮するマイクが、モニターで眺める場面がある。離れた場所で起こる戦闘を登場人物たちがモニター越しで眺めるのもよくあるシーンではあるが、激しいアクションを複数のモニターで見ながら応援している様は、まるでゲーム実況を見ている視聴者のようにも見えてくる。
ゲームをやっていたレジー、リアルな銃撃戦をゲーム実況の視聴者のように見るマーカスとマイク、そしてマイクとマーカスたちによるFPS的なアクション。というように、段階を踏みながらゲーム的な視点を取り入れているように思え、新鮮だった。
音楽についても触れたい。
『バッドボーイズ』の音楽といえば、ジャマイカのレゲエ・バンド、インナー・サークル「Bad Boys」が有名だ。元々は警察ドキュメンタリー『全米警察24時 コップス』(1989-2020)のテーマ曲だったが、シリーズを通して何度も流れ、マイクとマーカスが歌詞を口ずさむのが印象的で、まさに『バッドボーイズ』の顔とも言える曲になっている。
と同時に、『バッドボーイズ』では、一作目でマーク・マンシーナがスコアを書いた「Bad Boys - Main Title」も印象的だった。マンシーナは、ハンス・ジマー主宰のリモート・コントロール・プロダクション(前身であるメディア・ベンチャーズから)のベテランで、この曲は、ジマーらが音楽を担当しマイケル・ベイが監督した『ザ・ロック』(1996)のテーマ曲に少し似ていることも付言しておきたい。
ちなみに、上の動画は、「Bad Boys - Main Title」が流れ、最後に「Bad Boys」を口ずさむ予告になっている。
その後、二作目ではトレヴァー・ラビン、三作目ではローン・バルフェといったリモート・コントロールの音楽家が、同曲のアレンジを含む作品のスコアを担当していた。本作でもバルフェが続投しており、テーマ曲含め存在感を発揮している。余談になるが、バルフェとハンス・ジマーは、人気FPS『コールオブデューティ』シリーズを含め、ゲーム音楽も手がけて影響を与えてきた。若干強引ではあるが、この点にも前述のFPSとの繋がりを見出すことができる。
しかし、音楽面で注目したいのは、これまでのシリーズで目立っていた上の2曲ではなく、本作ならではの挿入歌、既存曲の使い方だ。
このシリーズはマイアミが舞台で元々ラテンの曲は使われていたが、2010年代後半のレゲトンの勢いゆえか、前作ではレゲトンおよびスペイン語曲の存在感が増していた。今作でも、現在の音楽シーンを反映するかのようにレゲトン関連アーティストの起用は続いており、さらにバリエーション豊かになっているように思える。たとえば、主題歌的な位置付けのブラック・アイド・ピーズ「TONIGHT」で、ベッキー・Gと共にフィーチャーされているのは、ドミニカで独自に発展したレゲトンの亜種、デンボウの代表的なアーティスト、エル・アルファだ。
また、マーカスが病院で立ち上がった後に使われるプレイ・ン・スキルズ「Somos Latinos」は、マイアミから全てのラテン系アメリカ人、そしてアメリカ外のラテン地域へと呼びかける内容で、マイアミを舞台にしたこの作品にぴったりの曲だ。
曲調の格好良さだけでなく曲の意味合いを映画に合わせるような、センスが光るこうした選曲はラテン以外でも発揮されている。
明らかにウィル・スミスのアカデミー賞授賞式でのビンタ事件を意識し、落ち込んだマイクが立ち直る場面があるのだが、その後の銃撃戦で使われるのは、Run-D.M.C.が86年に放った「Peter Piper」だ。スターとしてのウィル・スミスの名声があの日急に危うくなったように、劇中でマイクのアイデンティティは唐突に揺らいでいく。マイクに対して実際の病名をあてがった上で、ネタ的なショック療法で解決するのはあまりに強引で、賛否両論あるシーンではあるだろう。しかし、ウィル=マイクが再び立ち上がる際に、ヒップホップクラシック「Peter Piper」を使うのは、80年代後半から活躍するウィル・スミスの出自に沿った上で初心に戻れというようなメッセージを感じさせ、何よりもアクションへのハメ方がかっこいい素晴らしい選曲だった。
今作から起用された音楽スーパーバイザーは、DJ出身で、『クリード チャンプを継ぐ男』(2015)、『ビール・ストリートの恋人たち』(2018)、『クレイジー・リッチ!』(2018)などで知られるゲイブ・ヒルファー。登場人物の背景やシーンに合わせつつ、ソウルやジャズの名曲からクラブミュージックまで際立ったチョイスで知られるプロフェッショナルだ。今作でどこまで関わったかは不明だが、ただのBGMではなく、クリエイティブな瞬間を作ってきた彼にとって納得の選曲だ。
なお、ゲイブ・ヒルファーは、アメリカで9月20日から1週間限定で劇場公開され、27日からApple TV+で配信される、ブラッド・ピット、ジョージ・クルーニー主演を務める『ウルフズ』でも、音楽スーパーバイザーとしてクレジットされている。予告編では、フランク・シナトラ「My Way」を用いていた。残念ながら日本では公開中止になってしまったが、配信では、劇中歌にもぜひ着目していただきたい。