起業と在宅介護 どっちもやったる日記 Day3 2022年1月19日 「オヤジが大っ嫌いだ」
実家生活が3日目に入った。
古い家はとにかく寒い。こんなところで暮らして、毎日エレベータなしの3階の上り下りをやってたら、82歳女子の心臓にはかなりの負担だっただろう。。。
「ホントにごめんね。」
7年前に家業を畳んだ父はみるみるうちに弱っていき、5年前から、日がな一日寝てばかり。自分の手足代わりに母をアゴで使っていた。
日中は5分に一度、「あれ持ってこい、あれ食べたい、飲みたい」とわがまま放題。
「夜中も大声で呼びつけるのよ。。。」
母親がこぼしていた。
その母親が急にいなくなり、わたしが身の回りを世話にするようになって、かなり戸惑っている様子だ。明らかに遠慮している。
いい機会だから、何もかも思い通りにならないことをわからせるのも今後のためだ。食事を作ることが一切できない彼の生殺与奪の権はわたしが握っている。
普段から男子厨房に入らずで、自分でお湯さえも沸かさなかった。
アルツハイマーは関係ない。
それにしても昭和のオヤジたちはどうしてこうも妻を下に見るのだろう。
元気なころの父親はもっと酷かった。
いつもこっぴどく母親を虐げていたし、怒鳴ってばかりいた。
そしてなぜか息子たちふたりに対しては、猫なで声で接していた。
子供に女の子がいなかったので確認はできないが、男尊女卑のあらわれだったのかもしれない。
あ。。。
今思い出した。ボクはそういう父親が大っ嫌いだったんだ。
息子たちにとって、母親が怒鳴られている様子を見るのが何より辛い、ということが全くわかっていない。
そんな母親を庇うことなく、父親の怒鳴り声を恐れて見て見ぬふりをしていた。そのことに自責の念を抱えた少年は、その感情を心の奥深くに押し込めてきたんだった。。。今思い出した。
「オヤジが大っ嫌いだ」
・・・言葉が50年の時を経て、荷ほどきされて、吹き出てきた。
「ホントにごめんね」
・・・涙をいっぱいためた少年が、立ちつくしていた。
===◇===◇===◇===◇===
実家の母親のベッドで寝泊まりして3日目。
わたしは日課としていたタカラの缶チューハイを我慢した。
少年にタイムスリップしたから、ということもあるが(笑)
涙以外のモノさえ溢れ出てきそうで、怖かったからだ。
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