哲学とは何か?科学と対比して


哲学のイメージと言えば。
大抵、次のようなものです。


  • 難しい

  • 使えない

  • お金にならない

  • 争う

  • 怒ってる

  • 怖い

  • やる人だけがやる

  • 昔の人

  • 他の学問にも関係しそう

  • 深い

  • 抽象的


他にも色々あるでしょうが言葉や表現法が変われども指し示しているイメージなどは似ているのではないでしょうか?


本日は、哲学とは何かについて令和哲学カフェから学んだことを基にして科学と対比しながら書き綴ります。


私がボールペンを一つ手に取ってボールペンを見ているとします。この様子を端的に表現すると


「私がボールペンを見てる」


となります。この時、認識主体と認識対象という表現でこの状況を言い表すならば一見、認識主体は私で、認識対象がボールペンとなりますよね?


認識主体=私
認識対象=ボールペン


ここまでは難しくも何でもなく、日ごろ体験する話かと思います。では、更に科学を取り入れて表現するとどのように言い表しましょうか。


科学が開発する領域は認識対象です。「科学とは認識対象を開発するもの」と言えます。


確かに、初期のボールペンと言えば単色黒色ボールペンですが、単色赤色ボールペンであったり、3色ボールペンが商品として販売されますと、単にボールペンと言った時にも特定されない場合がありますよね。ボールペンが開発されています。


また、ボールペンへと変異するまでも同様です。素材のプラスチックや素材のインクを集めただけではボールペンにはなりません。風がプラスチックを運んできてもボールペンにはなりません。また、プラスチック自体も放っておいたらプラスチックになる訳でもないですね。


認識対象となるあらゆる領域を開発して最終的にボールペンとして誕生しています。


科学=認識対象を開発する


では哲学はどのように言い表しましょうか。


哲学が扱う領域は認識主体です。認識主体を啓発するのが哲学ですね。「哲学とは認識主体を啓発するもの」と言えます。


哲学=認識主体を啓発する


この話は、どのように続いていくと予想されますか?冒頭に挙げた哲学のイメージとはどのような関係があり、話が進んでいくと思えるでしょうか?


いつも読んで下さって有り難うございます。宜しかったら別の記事もお読みください。


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