夫婦旅:vol.2 初めての出合い
これは先月夫婦で旅した記録です。
vol.1はこちらから。
では続きをどうぞ。
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水族館を去る頃には、日が傾きはじめていた。
余韻に浸りつつ、朝歩いてきた海沿いのカーブの道をペタペタ歩く。
まだ日差しは強く、じっとりと汗がたれる。
それでも嫌な暑さではない。心地よい磯の香りが体をすり抜けていく。
鳥羽駅に戻り、ふたたび電車にのる。
今夜の宿は伊勢市だ。
駅近のホテルで最近リノベーションしたらしく、館内は清潔感があふれている。デザインも今時で、親切が行き届いている感じだ。
セルフチェックインを済ませてお部屋に向かうと、我が家の寝室とあまり変わらないくらいの広さに、ダブルベッドが一つ。無駄なものがなく、一泊ならこれで十分だ。
旅の計画を立てる際、ベッドの件で少し悩んだ。
私はどこでも寝られるタイプだが、夫は環境が変わるとあまり寝られない。自宅でも「ちゃんと寝たいから」という理由で布団は別々。最初こそ寂しさを覚えたが、今は私もその気楽さがむしろ心地いい。
そんな繊細夫は2人同じベッドで寝られるか、大層心配していた。でも私は、それ以上にお値段の方を心配していた。
いくら平日とはいえ、伊勢神宮のお膝元。
海外観光客にも人気な場所は平日だってそれなりのお値段がする。早期予約の割引もきくが、ツインとダブルの差はでかい。そりゃあ、ホテルにとっては一個のベッドをおくのと、二個のベッドを置くのでは部屋の広さから手間まで全く違うもんね。
とはいえ、寝たら体力が回復する歳はもう過ぎてしまったし、快適さも大事だ。2人でサイトを睨め付け、ベッドのサイズを念入りにチェックした。
今夫が寝ているセミダブルは約120センチ。
2人で寝転ぶと少し狭いが、寝られる。
ホテルのダブルベッドは約140センチ。
私の背丈を少し短くしたくらいの幅、というのを私を寝かせて確かめる夫。20センチの差は結構大きいとわかったらしい。
散々悩んだ結果、私たちは安さをとった。
足りない睡眠は移動で補おう。
そして、今に至る。
部屋は広くないものの、ベッドは思いの外大きく感じた。布団は柔らかく、枕も2種類ある。これは思ったよりよく寝られそうだと思った。荷物をバラして、ひと休みしたら、夕ご飯を求めて街に出た。
見慣れぬスーパー。
知らない行き先の路線バス。
地元の学生たちとサラリーマン。
旅先でその土地の生活の中を歩くときは、急に「知らない」が増えて、自分だけふわふわした不思議な存在になる。
オレンジに染まる街を駅方向に戻りながら歩く。
どこでもよく見かける居酒屋に「知っている」安心感を覚えつつも、もう少し向こうまで冒険してみる。
伊勢市駅の目の前には伊勢神宮の参道がまっすぐ伸びていて、その先に深い緑に囲まれた外宮がある。参道沿いには、参拝客を迎え入れるお土産屋さんや飲食店が並ぶため、そのどこかで夕ご飯を食べられるだろうと踏んでいた。
しかし、進めど進めど、全く店が開いていない。
すでに営業時間が終わっていたり、そもそも定休日で休みだったり。これが2度目の、なんてこったい。
広い参道にポツン、ふたりだけ。
計画性のない旅というのは、度々こうしたことが起こるが。でも、イライラしない。だってこういうのは、あとでいいお店に出合える暗示でもあるからだ。
参道から一本それた大きな通りに入る。
こちらがメインの駅前通りで、参道とうってかわり、地元の生活に即した景色が見える。
こちらには居酒屋が2,3件、普通に営業しているようだ。ただし、道の向こう側で価格帯が全く分からない。このまま入るのは危険だ。
一旦、近くのファミリーマートに入る。
腹が減っては正しい判断もできぬ。三重のファミチキを美味しくいただいた。正常な判断力を取り戻した私たちは、先ほどのお店をもっと近くでみてみる。
1件目は綺麗なのれんのかかったおしゃれ居酒屋。メニュー表が外に出ているが、値段が載っていない。中にいるお客さんはいかにもセンスが良さそうな人たちばかり。
これは高そうだ。
そう思って静かに店前を離れた。
2つ目は地元の若者で賑わっていそうな居酒屋。
あまり騒々しいのも嫌だなと、隙間から覗いてみるとどうやら全部個室のようだ。価格帯もちょうどいい。
ここに決めた。
暖簾をくぐり、威勢のいい声に迎えられた。
席にはメニュー表とメモが挟まれたバインダーが一つ。
どうやらアナログ版セルフ注文のようで、頼みたいものをここにメモするよう指示書きがついていた。なるほどね、と思いメニューをながめる。貼り紙からも察するに、魚もあるが、貝類がおすすめのようだ。お店一押しの大アサリ、カキを焼きで頼み、その他は定番メニューで埋めていく。
お供は、地酒の『颯』の純米吟醸を徳利で。
最初に到着したのは大アサリ。
夫婦そろって初体験の大アサリだが、どうやらその正体ははまぐりでもアサリでもなく、ウチムラサキという貝らしい。
さっそく網の上にのせると、じわじわと水分が出てきていい匂いが漂い始める。沸騰してきたら、網焼き用のタレをかけて、再度煮立つのを待つ。匂いだけでお酒が進みそうだが、手もとのお酒を減らさないよう、我慢、我慢。
そしてようやく、その時が来た。
大事な汁をこぼさないように、そぉ〜っとそれぞれのお皿に移していく。この絵面だけで涎がとまらない。身は簡単に貝からはずれ、そのまま口に吸い込む。ジュワッと旨味が溢れてとまらない。
顔をギュッと縮めて、余韻までゆっくり味わってから、ようやく「うまい!」の声が出た。まだ口に残る旨味を日本酒と合わせる。美味い、沁み渡る。夫と顔を見合わせて、どちらからともなく笑い声がもれた。
続けて到着したのは、カキ。
こちらも自分たちで焼いていく。最初は蓋を下にして焼き、少ししたら上向きにする。自然と蓋が開いたら、食べ頃の合図だ。
指示書き通りに焼いていき、夫の分は見事に蓋が開いた。しかし、私のカキはうんともすんともいわない。まだ焼けていないかな?と思い、もう少し放置する。
その間に待ちきれない夫は、ぱくり。
ご満悦の表情だ。あー早く焼けろ、私のカキ。
いい匂いは充分している。
流石にもういいだろと皿にあげると、殻が焼き上がってカサカサだ。あっけなく蓋がはずれ、水分が蒸発しきったカキがいた。どうやらトングでいじった時に蓋が外れてしまっていたらしい。私はそれに気づかず、開くはずのない蓋のオープンをずっと待っていたのだ。
本来より縮んでしまったカキを殻から外し、大事にいただいた。もっとジュワッとしたのを期待していたが、ミシッと身の詰まったカキだった。それでもすごく美味しかった。いや、欲を言えば、啜った汁に日本酒をくいっといきたかった。あぁ、無念。
縮んだカキをちびちび食べ、残りの日本酒を嗜んだ。
次こそは絶対上手く焼く。いつあるかわからないチャンスに思いを馳せた。
***
ホテルにもどる途中、近くのスーパーによった。
明日の飲み物を買うついでに、さっとかごにピザポテトが投入される。夫よ、やるではないか。自然と2次会の開催が決まり、ウキウキ気分で部屋に戻る。
伊勢市の夜は、ダラダラとテレビを見ながらお茶とスナック菓子という、至極幸せな時間で過ぎていった。
そんなだらけきったこの夫婦。
翌日のお伊勢参りで、いかにこの幸せが「守られた」ものかを実感する。
<つづく>