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さあ、気ちがいになりなさい/フレドリック・ブラウン;星 新一/訳〈早川書房〉③〈完〉【1672字】
1)町を求む
【P-157】おれはいま、そんな町を探しているところだ、もう遊んでいるのには飽きてもきた。
あなたの町など、どうだろうか。それをきめるために、この質問に答えてくれないかね。この前の選挙の時に町の政治をよくしようなどと考えて、候補者をなっとくの行くまで検討したかね。それとも、ポスターの大きい候補者に投票したかね。えっ、なんだって。投票所までも行かなかったのか。
裏、裏、裏。裏で蠢くものを想像しなければならない。あなたの町を治める人は、あなたの国を治める人は、あなたが信じた人ですか? あなたが身を置くその場所は、あなた自身が悩み抜いて納得して決めた場所ですか? その根拠は何ですか? あなたは、裏でどんなに最悪なことが行われていても、それを知らなければ構わないと思っているのですか? 無知や無思考、想像力の欠如によって発生する悪、その責任の一端はあなたが担っている。想像しろ。
2)帽子の手品
【P-169】「面白い問題なんだよ。人間の心には、信じられない出来事を理解する能力が、いかに欠けているかを証明しようとしてるんだ。つまり、きみが常識では信じられないような物を見たとする。すると、そんな物は見なかったんだと、自分自身で決めてしまうんだな。何とかして合理化してしまうのさ」
中身の語られない怪奇物の映画。怖ろしい映画。現実ではありえない荒唐無稽の内容だ。とても信じられる物ではない。だから、きっと人は信じない。この物語が意味することは何だろうか。あなたは想像することができただろうか?
3)不死鳥への手紙
【P-182】これはわれわれだけが、ただ一つの正気でない存在であるおかげなのだ。人類自身も、ときどきは、狂気こそが神聖である、という事実におぼろげながら気づくことがある。だが高い文化水準に達してくると、それをはっきりと悟る。みながこぞって狂気であることを。狂気と戦うことを望んで、自分をも滅ぼしてしまうことを。だが、その灰のなかからは、必ず立ちあがり、新生するであろうことを。
人間は自分自身を、狂気を信奉し、そしてそれを滅ぼそうとする。高い文化水準に達すること、思考の上限近くにたどり着くこと、それは狂気への到達であり、狂気の理解だ。自分自身の狂気を理解してしまったならば、人はそれを打ち倒さなければならなくなる。人間は完全に正気にはなれないし、完全に狂気にもなれない。だからこそ喜びがあり、苦痛があり、人間はおもしろい。
4)沈黙と叫び
【P-192】「……もし森で木が倒れて、そばに人間がいた時、その男の耳がどうなのかは不明だったらどうなります。音は存在するか、どうか。どっちでしょう」
ある人物が狂気をその内に孕んでいたとして、それが誰の眼にも見ることができない時、果たして狂気は存在するのだろうか。世界は狂気で満ちている。世界に狂気は存在しない。あなたはどっちだと思う?
5)さぁ、気ちがいになりなさい
【P-254】「もちろん信じられないことだ。もし、その真実が、おまえの受け入れることのできるものならばおまえは気ちがいにはならないだろう。しかし、おまえがこの真実を受けいれるなどということは、絶対にありえないのだ」
自分にとって最も不都合なことが真実だった場合に、人はそれを信じることはできない。絶対に。気ちがいであることが人間本来の姿だとして、君は素直に気ちがいになれるだろうか? 自身が気ちがいであることを認められないなら、あなたは真実を受け入れられない気ちがいだ。目に見えないものは存在しないのだろうか? そんなことはないはずだ。荒唐無稽な物語のすべては、想像のすべてはあり得ない事柄なのだろうか? そんなことはないはずだ。
あなたが絶対にあり得ないと思っていることは何だろう。きっとそれは存在しているはずだ。存在し得るはずだ。あなたはどんな世界を望む? あなたはどんな自分を望む? それを実現させたいなら、さぁ、気ちがいになりなさい。自らの望む世界を創造するために──。
〈完〉