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【短編】ウインター・レクイエム【#02】

 「私、イルミネーションってすごく嫌い」

 いつだったか、彼女はそう言っていた。随分乾いた声で、枯れた表情を浮かべて。

 僕はその時、彼女が何を言いたかったのかよく分かっていなかった。僕がデート中に「疲れた」なんて不用意に口にしたから、彼女が機嫌を損ねたものだと思っていた。せっかく二人でよみうりランドに来たのに、雰囲気を壊してしまったと思い込んで、僕はちょっとだけ凹んだ。

 ただ、そうじゃなかった。僕は彼女のことを何も分かっていなかったんだ。何も分かっていなかったし、何も気づいていなかった。

 彼女の手首に増える線も、擦り切れていく彼女の心にも。

 彼女はある日、通学電車に飛び込んでこの世を去った。遺書も、遺品も、誰にも何も伝えず残さず、朝焼けの残滓と一緒に朝の淀んだ空気の中に溶けていったのだ。

 どうして死んだのか、何に苦しんでいたのか、知ることはそんなに難しいことではなかった。彼女の死後、仲の良かった友人から彼女が陰湿な虐めを受けていたことを知った。そしてそれを、彼女がひた隠しにしていたことも。

 彼女が死んでから1ヶ月後、僕は一人で渋谷に来ていた。心の空隙を何かで埋めたくて、どこかで落とした魂の欠片を見つけたくて。

 足が、自然と代々木公園方面へ伸びる。いつか二人で来ようと思っていた、『青の洞窟』と銘打たれたイルミネーションスポットだ。幻想的な蒼色が、空気を蠱惑的に染め上げていた。

 周りには、青の光に酔ったカップル達で溢れ、一人で歩く僕はまるでスイミーのように浮いていた。

 一歩歩く度、心の中に何かが浸潤してくる。

 それは、いつか彼女が僕に言った言葉だった。

『私、イルミネーションってすごく嫌い』

「あぁ……本当だね……」

 彼女の言葉通りだった。

 イルミネーションって、なんて醜悪なんだろう。

 電球一つでは何の意味も持たないくせに、寄り集まって、形になり、遠くから見れば確かに綺麗だけれど、近くで見ると自分の方が美しいと言わんばかりにギラギラとした自己主張をしている。

 きっとイルミネーションは、遠くから眺めるものであって、近くで目を凝らして見るようなものではない。

 頰を、悲しみが伝った。彼女とイルミネーションを見に出かけた思い出と、その喪失感とが溶け合って心を濡らしていく。刺すような冷たさを孕んだ夜気が、その水たまりを凍らせていくような感覚。心が、緩やかに死んでいく。

 彼女がイルミネーションを嫌いだと言った理由が、やっと分かった。

 一欠片では何もできないくせに、

 ギラギラと妖しく、

 見た目だけ小綺麗に取り繕い、

 近くに寄れば醜さを晒す。

 それはまるで、人間関係のようだった。

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