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80年代の音楽の楽しみ方〜地方在住の高校生の場合〜

中之島美術館「みんなのまち 大阪の肖像」展より、実物大で再現された70年代の住宅。

こんなに立派なリビングではないにしろ、テレビやステレオは居間にでんっと鎮座し、家族全員が同じTV番組を見て同じ音楽を聴くのが普通だった70年代。

それが80年代に入ってラジカセやミニコンポが普及すると、音楽はリビングで聴くものから各自が自室で聴くものに変化していきます。

中之島美術館「みんなのまち 大阪の肖像」展より。
この頃はライン入力がある機種が多く、テレビやステレオと繋いで録音することも出来て便利でしたね。

中でも可搬性に優れたラジカセは音楽の聴き方・スタイルを大きく変えたという点で、ウォークマンやiPodに匹敵するエポックメイキングな製品だったのではないでしょうか。

さらに進んで、私が青春時代を過ごした80年代中盤〜後半は同世代でも音楽の好みが細分化していく頃。
実際、洋楽POPSやHR/HMに傾倒していった私は、ジャニーズその他のアイドル事情にとんと疎くなっておりました(笑)

そんな時代背景がある中で、「自分の場合は」という但し書きはつきますが、当時の高校生がどんな風に音楽を楽しんでいたか、振り返ってみたいと思います。

●情報源

YouTubeはおろかインターネットも携帯電話もない時代です。
その頃の情報源といえばテレビ、ラジオ、雑誌、同級生からの口コミといったところですが、私が高校時代を過ごした五島列島の福江島では、当時テレビで見られるチャンネルは民放2局とNHKのみ。
しかも下宿生だった私は自由にテレビを見ることが出来なかったので、音楽に関する情報はもっぱらFMラジオから得ていました。

NHKFMなら『サウンドストリート』の月曜〜水曜日と『クロスオーバーイレブン』がお気に入り。

また、ちょうどFM長崎が開局し、セーラさんの『ダイヤトーン・ポップス・ベストテン』もネットされてましたので、試験期間中で部活のない土曜日の午後は、友人宅で勉強(という雑談)しながらこれを聴くのが常でした。

●プレーヤ

先述したように80年代に入るとラジカセが爆発的に普及し、同世代は大体自分用のラジカセを持ってたように思います。

中之島美術館「みんなのまち 大阪の肖像」展より、SANYO製「おしゃれなテレコ」ことWU4。

細身でスタイリッシュな外観のU4シリーズは、それまで黒かシルバー色&無骨なデザインだったラジカセのイメージを一新した大ヒット商品。
赤色の筐体は女の子の部屋と親和性が高く、同世代の女子でこれを持ってた人はかなり多いでしょう。

私もBrotherブランド(OEM)でしたけど、上の写真と全く同じものを高校入学時に買ってもらい、卒業まで愛用していたと思います。(そのあとは母が使ってたような。。)

●音源入手

・FMラジオからエアチェック
洋楽メインのFM番組の中で、曲をフルで流してくれるNHKの『クロスオーバーイレブン』はエアチェックのソースとして大変重宝しておりました。

しかし、この『クロスオーバーイレブン』は曲かけのタイミングが分かりにくいのがミソで、「ここだ!」と録音ボタンをガッチャンと押したものの、あの「語り」がまだ続いていて、慌ててテープを巻き戻したことのある同世代も多いのでは?(笑)

そういえばFM雑誌を立ち読みして(いや〜すんません、お小遣い少なくて😅)掲載されている放送予定曲を頭に叩き込み、店の外で大急ぎでメモ書きしたっけな。

一方FM長崎の方はNHKに比べると電波状態が良くなく、ステレオだとノイズが入ってしまうのが悩みの種。本土の放送より韓国の電波の方が綺麗に入るぐらいの場所でしたからねえ。泣く泣くモノラルモードで録音してました😭

・友人から借りる
漫画と雑誌とレコードの貸し借りは学生生活の基本ですね。
趣味の近い友人たちと担当を決めて買えばお互い大助かり(笑)
ただしそれを学校でやると、たまに抜き打ちの持ち物検査で没収という泣きを見ることもありますが。。

・レンタルレコード
本土から遅れること数年、高校時代になると福江島にもついにレンタルレコード店が登場。
"黎紅堂"とか"友&愛"みたいな大手ではなく、地元資本(スーパー)で品揃えも売れ線が中心でしたが、それでも出来た時はもう嬉しくて、放課後や部活の後、友人達と足繁く通いました。

●カセットテープとインデックス

当時はエアチェックにしろ、レコードから落とすにしろ、録音するメディアとしてはカセットテープしかない訳ですが、これには人ぞれぞれに拘りポイントがあり、その人の性格も出るのが見てて面白かったんですよね。

主な拘りポイントとしては

  • TDKやAXIA(富士フイルム)、maxell(日立)、That's(太陽誘電)、DENONといったメーカーブランド

  • インレタ(インスタント・レタリング)

  • カセットインデックス(レーベル)

  • ハイポジ、メタルなどのポジション(録音特性)

あたりでしょうか。

私はブランドやテープポジションには拘りはありませんでしたが、インデックスについては使い終わったファンシーノートの絵柄部分を切り抜いてオリジナルに作ったり、イラストを手書きしたり、シールを貼ってデコったりと、女子高生らしく?まあまあ手間隙かけてた方だと思います。
相方さんはFMステーションの付録を愛用してたみたいですね。

手作りカセットインデックス
字が若いなあ(笑)

大学生になると手作りも面倒になって、市販のインデックスを買ってきて使うことの方が多かったですけどね。

定番のニューヨークの風景とか、キラキラしたやつとか。

その市販のインデックスに付属のインレタ。

インレタが何のことか分からない若い御仁のために(笑)↓

AやEなどの頻出する文字は多めに入っているのですが、それでも大体途中で足りなくなってくるので、短く切ったIをひっくり返したVに足してAにしたり、同じくLをEにしたりと、涙ぐましい努力をしたものです😆

私はアルバムタイトルだけインレタ使ってましたけど、中には曲名も全てインレタで作る「インレタ職人」みたいな子もいましたねえ。インレタどんだけ買ってたのかしら。

(追記)と思ったらごく身近にインレタ&テンプレ職人がいました(笑)

相方さんのテープインデックス(1)。Zを回転させてNにするアイディアはなかったなーw
相方さんのテープインデックス(2)。テンプレを使うのも建築学科ならではの発想でしょうか。

大学生になるとワープロが普及し始め、インデックスを全部ワープロで作る人も登場してきますが、私は95年に初のMacintosh買うまではちまちまインレタしてました。もう数年もするとカセットテープ自体がMDやCD-Rに取って代わられるんですけどね。

さて80年代、皆さんはどんなところに拘って、どんな楽しみ方をしていましたか?


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