太陽がいっぱい
ある日の夜、桑原さんと私で眼福レイトショーを敢行した。目の保養になる映画だけをお酒と共に朝まで飲み続けるという、年甲斐も無く無茶な企画だ。会場は私の家、第一本は『インタヴューウィズバンパイア』上映後、そこには不適に微笑む二人の中年女性の姿があった。
「眼福ですねえ」
「トム様の役、アランドロンを想定されて書かれたらしいですよ」
「それはそれで観てみたいですねえ」
「インタビュアーの役はリバーフェニックスが演じる予定だったって」
「ああ、あの時期ですか。惜しいですねえ」
マダム桑原という異名を持つ彼女は既婚者だ。
「しかし、よく旦那さんOKしてくれましたね」
「はい?」
「普通心配しないですかね、奥さん一人朝まで外出というのは」
「何で夫の許可がいるんです?お互い大人なのに」
その言葉は、私にとって衝撃的だった。その度合いの程、ユージュアルサスぺクツ。
「幼い子どもがいる訳でも無しに、許可も何もないですよ」
「あー、羨ましいです。もっと早くその発想に出会いたかった」
というか、そんな発想を持つ男に巡り会いたかった。
「マダム、どうして旦那さんと別れたのって聞いてくれませんか」
「どうして旦那さんと別れたんですかねえ」
「飽きられたんです。まあ、所謂浮気ですね」
「これは、イコライザーに依頼しないとですねえ」
「でも、私もそれっぽい事してたんです。バレてはいないみたいでしたけど。だから負い目があったんですよねぇ。それで旦那の言う事に頷くばかりで…馬鹿ですよねぇ」
「馬鹿ですねえ」
「窮屈だったんですよねぇ。ちょっとしたガス抜きのつもりだったんですけどねぇ」
「私の口調、移ってますねえ」
「ヤバいですねぇ」
私ははじめて見の内の体験を他人に話した。それを話す相手がマダム桑原になるとは思ってもみなかった。でも、ただ吐き出すだけで楽になる事もあるのだ。私は好き勝手に話して、眠気に襲われた。大きなあくびが部屋に響く。
「そんなお馬鹿なお眠さんにぴったりの映画を持ってきましたねえ」
「何ですか」
「『太陽がいっぱい』ですねえ」
「これは…眠れないですねぇ」
己の罪を隠し通す者の末路が、この映画にある。しかし、私達は応援するのだ、犯罪者トム・リプリーを、美しきアランドロンを。肯定したくなる悪、そんな悪も存在しうるらしい。
そして私達はその目を抑えた。尊い悪に、美と野心の結晶アランドロンに乾杯。いっぱいの太陽に包まれて、眼福レイトショーは幕を下ろした。