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一番セカンド白星

『目指せ甲子園』
魅惑的な響きだ、大人にとっちゃ。

全国で4000もの野球部がピラミッド式のトーナメントを勝ち上がり、勝者は唯一校、以下3999校の全てが敗者。準優勝の高校にも、大人たちは「惜しかったね」そんな残酷な言葉をかける。俺たちは、坊主頭の愛玩具だ。

……なんて、甲子園出場校の球児が言えば少しは様になるのだろう。でも俺は結局愛玩具にすらなり得ないただの坊主、誰の記憶にも残らない万年地区予選一回戦止まりの弱小校の一球児。

殺風景な球場で、観客席もスカスカで、チアリーディングも糞も無い。俺は何で野球をやってきたんだ?考えるまでも無く、それは大人のためだ。父親が子に対して出来る唯一のコミュニケーション、それが野球だった。だから俺はさして興味も無いリトルリーグに所属し、中学高校とエスカレーター式の野球人生を送る羽目になった。この試合が終わったら、俺はもう父親と二度と口を聞かないだろう。野球なんか止めて、受験勉強をこじつけに部屋に閉じこもってやる。遠くの大学へ行って、好きな漫画を読みあさって、夜通しアニメを見続けて、彼女を家に連れ込んだり、不出来な手料理を振る舞ったり、サークル仲間とアルコールのプールに漬かったりするんだ。

……ピッチャー真澄、うちのエースの活躍で一回表は無失点。問題の一回裏、俺からの打席だ。俺は今日何度打席に立つだろう。多分、四度だろう。酷けりゃ三度かな。適当にやってやるさ。幸い相手は優勝候補筆頭の強豪校だ。無様な試合も許されている。

「白星、流れ作ろうぜ」

バッターボックスに向かう道中、隣を歩く藤谷が声をかけた。ひょうきんなコイツは、本気で俺たちが勝てるとでも思ってんだろうか?勝てるわけ無いだろ馬鹿。藤谷が突き出した拳に、俺は形だけ応える。嫌いなんだよ、こんな大人を喜ばせるような青春ドラマ。待機場所で立ち止まった藤谷は「行ってこい」俺の背中に言い放った。俺は一礼と共に打席に入る。ラインパウダーで区切られた、孤独な枠組みの中へ。

ああ、クソッタレな野球人生は今日で終わる。清々するね。視界の隅に映った親父の顔はどこか臆病で気弱な少年のような面をしてた。そんな顔すんなよ、お前が始めたんだろ。彷彿する怒りを起点に、鈍い金属音が木霊した。金属音で木霊、変な表現だな……飛び上がった打球は、綺麗にピッチャーのグローブに収まった。こんなもんさ、俺たちの青春なんて。

「アウツッ」気持ちよそうに言うよね、審判はこの台詞を。それだけが妙に腹立たしかった。楽しむのはいつだって大人。高校野球のスタジアム、ここは大人の玩具箱だ。


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