(500)日のサマー
稀に社員が一人もいない勤務時間がある。そんな時間帯は勤続年数の長い人が責任者となる。今日の深夜がまさにその日で、私が諸々の責任を背負う立場にあった。もうすぐ閉店の時間だ、頼むから面倒事は起きないでくれ、そう願うばかりだった。
「あれ、ストーカーじゃないっすか」
問題が起きた。柳井君が私を呼び出して、棚戻しをする染井さんと、彼女に話しかけるおじさんを指さしたのだ。
「あいつ、最近ずっと染井さんに付きまとってるんすよ」
「知り合いとかじゃない?」
「本人が知らない人って言ってましたもん」
面倒な事案だ。こういう場合は即時解決を図るので無く、まず染井さんの意思を確認し、職場全員に周知させるのが定石の筈。それから対策を講じるべきだ。
「俺が出てって言いましょうかね、しつこいと警察に突き出すぞって」
「いや警察は無理じゃない?職場で話しかけてるだけだし」
「じゃあ、俺が染井さんの彼氏という体で話しかけるのはどうっすかね」
何でこの子は他人の問題を自分の手で解決しようと考えるのだ?少しこの状況を楽しんでるのだろうか?
「こういうのは店長に任せた方がいいよ」
「あのね、冷静な判断と責任逃れは違いますよ。気付いた人間が一人一人、全力で問題解決に努めるのが俺大事だと思います。店長は店長なりの、で、俺は俺なりの。『余計なお世話』って言葉を免罪符にせずに」
「それで事態が悪化したらどうするの?柳井君責任取れないでしょ」
「責任なんて誰も取れませんよ。ここで何もせず何か起きた時、俺等は行動しなかった責任をどうとるんすか」
「兎に角、柳井君は分かんないかもだけどね、自分の身を自分で守るってことが難しい人もいるの。特に腕力の無い女性ね。だから慎重に行動すべきだと思う。年長者の意見は鑑みるべきだよ」
「性別とか年齢を笠に着た意見、俺嫌いっす」
どうやら本人は真面目に染井さんを心配してる様だった。活力溢れる青年らしい、青臭い意見を伴って。私は彼の意見が正しいと思わない。でも、完全に間違ってるとも思えなかった。
「俺、行きますよ。言っとくけど俺だって怖いんすからね、でもやりますよ。俺の中のタイラー・ダーデンが言ってるんです。『信じるもののために立つ時が来た』って」
私の静止を無視して彼が勇んだ瞬間、別の男性が染井さんに声をかけた。
「お疲れ、もうあがる?」
「うん、そろそろ」
「じゃあ表で待ってるわ」
男性は店外に出ていった。私が依然見かけた、染井さんと二人乗りしていた男性だった。染井さんはおじさんに言い放った。
「あ、今の彼氏です」
言われたおじさんは目に見えて動揺し、でも平静を装おうと震えていた。そして対外的な挨拶をし店を出ていった。
「……彼氏、いたんすね…」
柳井君も何故かおじさんと同じ様に動揺していた。それから勤務終了後、染井さんはまたそそくさと店を出て、彼氏と二人乗りして帰っていった。私と柳井君は何となく店の休憩室に残り二人で(500)日のサマーを観た。色々思うところはあるが、私は柳井君はいい人だと思う。染井さんにとっては(どうでも)いい人なんだろう。…まったく、甘酸っぱい夜だ。
以来、例のおじさんが店に現れる事は無かった。結果オーライとしよう。