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やつあたり

夏の粋な試みに、缶ビールを開けて網戸に掲げる今夜だ。だから夏ってやつは嫌いになれない。エアコンをかけようかと思ったが、缶ビール2杯に火照た体に、8月中旬の夜風はよく馴染む。

見上げると幅広のオムレツみたいな白い月が空を彷徨っている。仕事帰りの8時頃は真っ暗な空だったのにいつの間にか雲は綺麗にはけていて、夜虫たちも鳴いては喜んでいる。僕もそんな素敵な翅があるのなら鳴いてみたいさ、なんて、酔って、笑った。

鹿田です、よろしくね。

酔う度身に染みる夏の心地よさ。汗ばむ額をそっとさらい、前髪に遊びながら吹き抜ける夜風よ。頼むから、もう少しそうしていてくれてね。月も、ぼーっと見上げさせてくれてね。君と僕との仲だけど時々、どうしようもなく孤独を感じる事があるのさ。それは君も同じなのかもしれないなんて、勝手に同調しているけれど、網戸越しにくるくる光る、そのサインは、肯定と受け取って構わないんだろ。

気ままな奴だから、今日はタキシードに身を包み、蝶ネクタイを締めながら来てくれないみたいだ。君もこの元凶には敵わないのかい?夢の中なのに…言わせてくれるな。

おととしの夏はよかったな、二人して朝まで夜街をハシゴしていた訳だけれども。肩を組んでスキップしたって誰も咎めなかった。僕は最近とても怖いんだよ月。あんな夜はもう二度と訪れないんじゃないかって。君もうすうすその僕の心に感づいて、湿っぽいのが嫌いな君の事だから、余計来てくれないんだろうな、月。太陽だって最近は、雲に隠れてばかりなんだよ。昨日今日はまた夏のレベルで日差しを送ってくれたけれども、所詮陰と陽、君たちの気まぐれには誰も合わせることなんてできないのかもしれないな。

それで決別と、言えるくらい僕が強いならこんなに悩みやしないんだけれど。

カプッ。

3本目のビールだ。今日はこっそりそうやって酒に飲まれて逃げるみたいだ僕は。やけに客観的に自分のことが見えるのは多分、すでに諦めの境地なのだろう…そうに違いない。さんざん飲んで膨れた腹は、これ以上炭酸を受け付けようとしないけれど、それに態と、無理くり抗うようにぐびぐびと喉を唸らす。痛めつけるように唸らす。傷つけるように唸らして飲み干す。そして缶を空高く、僕の精一杯で見上げた直線に投げても君にはちっとも届きやしないんだ、…知ってる。

前から知ってるさ。

そして”あほめ”と悪あがきを制してくれるおでこにあたった空の缶ビールはせめてもの君のやさしさなのかな。また自惚れと主観の偏見だが。

偏見と自覚しようがもう、この偏屈には敵わないと月は高く昇っていき深い深いため息をつくのだろう。もちろんそれは僕へ対しての溜息じゃなくて、世界に対するため息だ。なんで溜息を吐くかなんてわからない。僕には、月の価値観なんて分からないからね。そもそも…そもそも。

そうして、

そうして落としどころを無くした始末の悪い僕はもう一度、やり直すようにやり直せない過去になった空の缶ビールを真上に投げて、うまく、もう一度おでこにあたらないかと自棄になって酔っぱらう。…そんな今夜だ。

奴に、八つ当たりして。

【追記】
いつもありがとうございます(^^)

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