アイドルのMVは、その曲をBGMとした映像作品として見ているので…(日記 2024/9/25 水 - 26 木)
2日分。
水曜日。出社日。前回出社した金曜日が、ここ一週間以上日記に書いている太ももの腫れのピークで、1ミリでも動くととても痛かったので不安だったが、もう大丈夫だ。ガーゼがずれていないかは気になった。
本当は出社する必要はなかったのだが月5回は出社する必要があり、その帳尻合わせ。ただやはり他人の目線があると何時間も集中することが簡単にできるので、集中したいときには出社しようと思う。
隣の席の別の会社の人が話しかけてくれた。ありがたい。しかし全然うまく話すことができずに苦しかった。雑談が上手くなりたいが、話したいことは別にないのだ。プルーストはスノッブで社交界に入り浸っていたわりに、おしゃべりよりも作家としての仕事を、話すことより書き尽くすことを圧倒的に重視していた。
出社はそれなりに気疲れするうえに変に達成感があるので、帰路でつい外食をしてしまう。バーミヤンに寄った。心から望んだ外食ではないので、気持ちはあまり満たされないわりに腹だけ満たされ、案の定満腹感と血糖値の上昇で動けなくなった。後悔しかない。
櫻坂46の新曲「I want tomorrow to come」が配信され、一日ずっと聴いていた。かなり好きだ。作曲はナスカという、欅坂の時代から「神曲」を作ってきたユニットだ。
ピアノのみのバラードで始まり、バキバキの最近っぽいサウンドと細かなメロディのメイン部分へ移行し、最後は壮大な編曲のバラードに変わって、大きく転調する。どの部分もこれ以上長かったら聴いててだれるだろうなという長さにならないよう調整していて、聴いていて飽きがこない。常にもう少し聴いていたくなるような構成になっている。2番に入る前の間奏のストリングスもいい。
テレビサイズがどう短縮されるのか謎だし、曲を印象付けるフレーズが繰り返されるわけでもなく、そしてなによりもシングル表題曲なのにファンでない人間の記憶に残らなさそうな曲のタイトルに驚く。要は秋元康のわりに売るための小細工があまり見られない気がする。いやそれが櫻坂の売り方なのだろうか。
22時、そのMVが公開された。YouTubeのプレミアム公開でリアルタイムで見た。MVは衣装も1種類で、映像の大部分がメンバーが何もない広い空間でダンスをしているところを撮ったシンプルなもので少しガッカリ。あまり金がかかってなさそうだ。この展開の激しい曲ならもっと面白いMVが作れたと思うが。
少し調べたが、MVの監督の中村浩紀という人は櫻坂のMVを手がけるのは初めてだったそうだ。10thシングルという、オタクからすればおそらく記念っぽいタイミングで新しい人を起用するということは、なんらかの鳴り物入りだったのだろうか。
アイドルのMVは過剰なほどに細かくいろんな種類のカットが挟まれたり、単純に莫大な金がかかってそうな豪華なやつが好きだ。櫻坂だと「流れ弾」、欅坂なら「エキセントリック」など。
アイドルのMVは、その曲をBGMとした映像作品として見ているので、ダンスばかりのMVというのは、「曲」の比重が大きすぎて「映像」作品にはなっていないような感じを受けてしまう。
木曜。リモート。仕事やる気ない。だるい。つまらない。つまらない作業に発狂しそうになる。何も技術が身につかないまま時間が進んでいるような気がする。少し残業した。
ドビュッシーの『ペレアスとメリザンド』を聴いてみたが何もわからなくて途中で聴くのをやめた。オペラ、歌劇は何一つわからない。舞台演劇もわからなければ、韻文もわからない。それらがわからない人生を生きていくしかないのだろうか。ブルデューの『ディスタンクシオン』を思い出す。悔しい。
袴田事件の冤罪が認められ、無罪判決がでた。
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