『シン・エヴァンゲリオン 劇場版』にチラ見する“デザインの歴史の2つの時代”
ビジネスに役に立たないデザインの話
基本、ビジネスに役に立つデザインの話を紹介していますが、ときどき「これはちょっとビジネスにはそんなに役に立たないだろうなぁ」という話も書いています。今回はビジネスに役に立たないほうの話な気がします。
映画『シン・エヴァンゲリオン劇場版』のデザイン
昨年の映画ですが、劇中で使われている欧文書体についてちょっと紹介したいと思います
2021年に公開された映画『シン・エヴァンゲリオン劇場版』。テレビ放映時代からデザインの個性とクオリティの高さには注目されており、タイトルのレイアウトは頻繁に真似されるほどです。
『シン・エヴァンゲリオン』の日本語の書体は、マティス-EB
新世紀エヴァンゲリオンがテレビで放映されはじめたのが1995年。このころからタイトルに使われていた書体は、Fontworksという書体メーカーが1994年にリリースしたマティス-EBという書体でした。
「マティス」の名前のあとにある「EB」というのは、ファミリーという書体の太さの種類を表したものです。マティスには、いろいろな太さが有り、そのなかでEBは、Extra Boldの頭文字で、「極太」を意味しています(さらに太いUBもあります)。
マティスの特徴は、モリサワという書体会社がリリースしているリュウミンという明朝体が彫刻刀で掘った活字由来のシャープなデザインなのに対して、柔らかくてモダンな印象を持っていること。
映画のクレジットにもマティスの制作会社であるフォントワークスの名前が出てきます。
映画『シン・エヴァンゲリオン劇場版』に出てくる2つの欧文書体
劇中に出てくる欧文書体にも注目してみましょう。映画の冒頭はパリが舞台。そのなかにこんなシーンがあります。
ここで使われている書体は、サンセリフ(いわゆるゴシック体)のなかでも大人気書体であるFuturaのファミリー(太さ)がMediumです。
Futura
Futuraがどれくらい人気かというとルイ・ヴィトンやドルチェ&ガッバーナなどのファッションブランドのロゴに使われたり、映画『007 No Time to Die』のタイトルに使われたりするほどです。
映画『シン・エヴァンゲリオン劇場版』には、もっと頻繁に、そしてエヴァンゲリオンでは昔から使われている書体があります。これらのシーンを御覧ください。
これらはHelveticaというFuturaに勝るとも劣らないほどの人気の書体です。どれくらい人気かと言うとPanasonicやトヨタやBMWのロゴに使われてたりするほどの人気です。
Helvetica (Neue)
“Neue” とは「新しい」の意味。Helveticaという書体がDTP環境にあわせてブラッシュアップされたものです。またHelvetica(ヘルベチカ)は「スイス」という意味です。
Helveticaについて詳しい本が出ています(おもしろい!)。
Helveticaは、インターフェイスには向かない書体
『エヴァンゲリオン』では、モニタに表示されるインターフェイスにHelveticaは使われています。
しかしHelveticaは小さくなると識別しづらい書体です。たとえばcは、円の空いている部分が狭いため、文字を小さくしていくとoと間違えやすくなります。それでも使われる理由は、人気の書体であることではないかと推測します。よく目にするものに対して人は好感と信頼を抱く傾向があります。がゆえに人気の書体を使うほうが印象が良くなります。しかし『エヴァンゲリオン』はそれほど安直な制作姿勢ではない作品なので、もっと別の理由があるかもしれません。Futuraをパリのシーンで使っている理由は、こちらも人気がある書体だからということもあるかもですが、それ以外には「Helveticaと別の書体を使うことで、その書体を使っている母体がHelveticaを使っている組織と別である」ことを示すためではないでしょうか。
この2つの欧文書体の時代
FuturaとHelveticaはデザインの歴史のなかでは、それぞれ別の時代に属した書体です。以前に書いた『「デザイン」の起源と“ざっくりとした”その歴史』という記事でも触れましたが、グラフィックデザインが産声をあげたのは、イギリスにおける産業革命の時代です。そこから現代に至るまでの「アートの歴史」は、すごく大雑把にわけると7つの時代があります。そしてデザインはもちろんこのアートの潮流の影響をばっちり受けています。
アール・ヌーヴォー
バウハウス
アール・デコ
スイス・デザイン(ザ・インターナショナル・タイポグラフィ・スタイル)
ポップアート
ポストモダニズム
デジタルエイジ
Futuraは、2のバウハウスの時代にデザインされ、Helveticaは4のスイスデザインの時代にデザインされています。それぞれの時代をすごく簡単に説明します。
バウハウス
バウハウスは、1919年にドイツのワイマールで始まった影響力のあるアートとデザインのムーブメントです。ヴァルター・グロピウスによって設立されたバウハウススクールは、新しい考え方を世に提唱していきます。第一次世界大戦の終結から半年後、バウハウス・スクールは芸術家やデザイナーがその才能を発揮して、崩壊した社会の再建に貢献することを奨励しました。バウハウスの文法である三角形、四角形、円形は、この基本に忠実な精神を思い起こさせるものでした。彼らは、通常の学校教育の方法を含め、あらゆることに挑戦しました。芸術と工芸、古典と前衛、形と機能。バウハウスデザインは、ミニマリズム、幾何学的形状、シンプルなタイポグラフィーを取り入れています。バウハウスは14年しか続きませんでしたが、その影響は今日でも現代生活のあらゆる側面に残っています。
書体Futuraはこの時代に生まれました。幾何学的な要素が含まれているのはそのためです。
スイス・デザイン
バウハウスの合理的なアプローチをベースにして、機能と普遍性を追求した運動がスイス・デザインです。1920年代にロシア、オランダ、ドイツで生まれ、1950年代にはスイスでさらに発展しました。デザイナーたちは、まとまりのある統一されたモダニズム運動を展開し、「スイスデザイン」または「インターナショナル・タイポグラフィ・スタイル」として知られるようになりました。
スイス・デザインにおいては、ヨゼフ・ミューラー=ブロックマンが代表するグリッドシステムもこの時代になされた偉業のひとつです。ウェブなどのデザインは、ブロックマンが提唱したグリッド・システムが今も大いに活用されています。このときの「モジュール」というコンセプトは、モダニズムの建築家、ル・コルビュジエのデザインの特徴でもあります。
Helveticaは、このスイスデザイン(名前が「スイス」ですものね)の時代に生まれました。スイス・デザインの特徴は、ミニマル。このコンセプトや美学はAppleの製品デザインに大きく影響を及ぼしました。
まとめ
ずいぶんと長くなりましたが、伝えたかったことは、2021年に日本から公開されたアニメ映画の中に、グラフィックデザインの歴史のなかでなされたエポックメイキングな偉業の産物が含まれている、ということでした。それはロマンであり、アカデミックであり、それゆえにこれからをデザインするさいに大いに参考ににあることではないでしょうか。しかしビジネスにダイレクトに役立つ知識とは言い難い(笑)。このあたりにまで興味を持たれる方々に幸多きセレンディピティのあらんことを。
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参照
https://fontworks.co.jp/fontsearch/MatissePro-EB/
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