SFドラマ『ペリフェラル』とロールスロイスの“秘密”
ビジネスに使えるデザインの話
ビジネスにデザインの知識はけっこう使えます。苦手な人も多いから1つ知るだけでもその分アドバンテージになることもあります。noteは毎日午前7時に更新しています。
クロエ・グレース・モレッツ主演のSFドラマ「ペリフェラル」
アマゾンのPrime Videoで配信が始まった、クロエ・グレース・モレッツ主演のSFドラマ「ペリフェラル(The Peripheral)」がかなりおもしろいんです。原作がウィリアム・ギブソン氏。ゲームがうまい主人公が新しいVRゲームのテストを始めてみたら……という内容で、粗がなく、ぐいぐい引き込まれる展開です。
このドラマの1話目(26分を過ぎたあたり)にロールスロイスが出てきます。このドラマの「現在」は今から10年後の2032年。しかしロールスロイスが登場するのは、それから70年後の2100年頃。なのでロールスロイスは2100年のロールスロイスというわけです。
このドラマが描く2100年は何かとユニークで、登場するバイクはガソリンで動いているような音がしています。しかし乗り終わるとチリになって消えるナノテクノロジーによる代物。
そしてロールスロイス。ロールスロイスは電気自動車として登場します(ロボットが運転手)。このように映画などに製品を登場させる広告手法を「プロダクト・プレイスメント(Product Placement)」と言います。『007』シリーズがプロダクト・プレイスメントの例としてはわかりやすく、ダニエル・クレイグ主演のシリーズでは、「ボンドカー」はいつも「アストン・マーチン」でした。腕時計はオメガ、シャンパンはボランジェです。
しかし舞台は2100年。どんな目的でロールスロイスはプロダクト・プレイスメントを仕掛けたのでしょう? その解説のまえにロールスロイスというブランドについて簡単に触れておきましょう。
イギリスのロールスロイス
有名すぎる超高級自動車ブランド、ロールスロイス。その創業は1906年。イギリスで設立された自動車メーカーです。創業後、事業体は2つになっており、うちひとつは1973年に設立された航空機エンジンや船舶・エネルギー関連機械などを製造・販売しているロールス・ロイス・ホールディングス。
もうひとつが、ドイツの自動車メーカーBMWが1998年に設立し、「ロールス・ロイス」ブランドの乗用車を製造・販売している自動車会社「ロールス・ロイス・モーター・カーズ」。
1906年3月に設立されたロールス・ロイス社 (Rolls-Royce Limited) は、航空機用エンジンや乗用自動車の製造を行うメーカーでした。1931年に、同じイギリスのスポーツカーメーカーであるベントレーを買収。第二次世界大戦をきっかけにジェットエンジンの製造技術を蓄積し、数々の革新的な航空機用エンジンを世に送り出し、西側諸国の安全保障上重大な役割を担うまでに成長していきました。
しかしながら1960年代になると経営が悪化。そのまま1971年に経営破綻、イギリス政府によって国有化されてしまいました。1973年、国有会社となっていたロールス・ロイス社のうち自動車部門(ベントレーを含む)のみが分離され、イギリスの重工業メーカー、ヴィッカース(Vickers)に譲渡されました。1998年、ヴィッカースはロールス・ロイス・モーターズの売却を計画、最高額を提示したフォルクスワーゲンが買収します。しかしながらこのとき、ロールス・ロイスのブランド名やロゴタイプなどはBMWに譲渡されます。フォルクスワーゲンとBMWの協議の結果、2003年1月からはロールス・ロイスの製造販売はBMWが、ベントレーの製造販売はフォルクスワーゲンが行うこととなりました。BMWは同年、ロールス・ロイス・モーター・カーズという自動車会社を設立、社屋や工場を新築し、独自に開発した「ロールス・ロイス」の製造販売を開始しました。
というわけで「イギリス」のロールスロイスはドイツの「BMW」の傘下にある自動車ブランドです。そんなロールスロイスが最近、初の電気自動車を発表しました。
ロールスロイス初の完全電気自動車「スペクター 」
ロールスロイスは、2030年までに完全に電気自動車に移行することを公約しています。そのロールスロイスが、初の完全電気自動車「スペクター(Spectre)」を発表しました。ちなみにスペクターは「亡霊」という意味。
このロールスロイス「スペクター」は最初から電気自動車として構想・設計された初の車です。車体のエクステリア・デザインは、部分的に現代のヨットからインスピレーションを受けているそうです。その結果、スペクターは、ロールス・ロイス史上もっともエアロダイナミック(航空力学を意識した)な車となり、抗力係数は0.25cdと自動車としては低い方で、空気を押し流すのに必要なパワーが最小限に抑えられています。
ロールスロイスの特徴のひとつである、車体と前部に配置された「スピリット・オブ・エクスタシー」(Spirit of Ecstasy figurine)のフィギュアも、電気自動車開発に関連して、エアロダイナミクスを考慮したデザインになっています。
そう、この流線型にリニューアルされたフィギュアは、ロールスロイスの電気自動車化と新しく発表されたロールスロイス初の電気自動車「スペクター」を象徴する、まさに「シンボル」なんです。だからドラマには、ばっちりとこのフィギュアが登場します。
というわけで、ロールスロイスがなぜ2100年を舞台に登場するのか、その理由は、ロールスロイスが満を持して発表した初の電気自動車「スペクター」のプロモーションのためでした。しかしさすがに2100年、まったく同じではなく、内装やメーターなどは「スペクター」と異なります。フィギュアとロゴは一緒。ところでこのフィギュア、一体何なのでしょうか?
ロールスロイスの象徴「スピリッツ・オブ・エクスタシー」
ロールスロイスといえばな車の前部に取り付けられたフィギュア。この誕生には、秘密めいた恋と悲劇が含まれています。1910年頃、ロールスロイスにはこのようなフィギュアは付いていませんでした。そんな中、モンタギュー2世男爵(John, 2nd Baron Montagu)は、個人的なフィギュアを彼のロールス・ロイス シルバーゴーストのボンネットに付けるために、友人であり、彫刻家のチャールズ・ロビンソン・サイクス(Charles Robinson Sykes)にその制作を依頼します。
彫刻家のサイクス氏は、モンタギュー2世男爵の秘密の恋人(男爵には妻がおり、かつ相手と身分が違いすぎたため)、エレノア・ベラスコ・ソーントン氏をモデルにしてフィギュアを作りました。そのフィギュアは、人差し指を唇に当てて「秘密」を象徴したポーズをとっていました。
このころ、このようにロールスロイスのボンネットに個人的に作られたフィギュアが取り付けられるということが流行し始めました。ロールスロイスにふさわしくないものもあり、なんなら統一したフィギュアをつけてしまおうとことで、ロールスロイス社は、正式なフィギュアを彫刻家のサイクス氏依頼します。ロールスロイス社側は、勝利の女神であるニケ(NIKE)をイメージしたものを依頼します。彫刻家のサイクス氏は、これを無視して、やっぱり最初に作ったソートン氏(モンタギュー男爵の恋人)をモデルにして作ります。これが「スピリット・オブ・エクスタシー」の誕生となりました。最初、サイクス氏はこのフィギュアを「スピリット・オブ・スピード(The Spirit of Speed)」と呼んでいました。しかし後にこれを
と呼びました(※1)。
ロールスロイスのフィギュアのモデルとなったソートン氏は、1915年モンタギュー男爵とともにSSペルシャ号という旅客船に乗って地中海を旅行をしていました。世界はこのとき第一次世界大戦の最中。彼らがインドに向かっている途中、ドイツの潜水艦がSSペルシャ号に警告なしに魚雷を発射し、ソートン氏は溺死してしまいます。しかしモンタギュー男爵はなんと沈没から生還していました。
このように、ロールスロイスのフィギュア「スピリット・オブ・エクスタシー」のモデルには、秘密と悲劇が含まれています。
まとめ
ドラマや映画に商品を登場させるプロダクト・プレイスメント。この手法のおもしろいところは、ストーリーに同化する必要性があるところ。唐突に登場させるとドラマや映画が台無しです(だから映画『ワールドウォーZ』のペプシのシーンは評判が悪い)。ドラマ『ペリフェラル』は舞台がロンドンです。リッチな女性がおかかえの(ロボットの)運転手を従えて乗り込む車として、ロールスロイスはとてもふさわしく、自然。しかも紐解いていくとロールスロイスがもつエピソードが見えてくる……。
ソーシャルメディアの時代となり、広告はますます嫌われていますが、プロダクトプレイスメントは未だにとてもおもしろい。ドラマや映画を何度もみる楽しみにもなります。
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参照
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