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自分史的なクリッピング史料

さて、誰もがその死を惜しむ谷川俊太郎さんの逝去。鉄腕アトムの主題歌の作詞や、全国の学校の校歌の作詞など、手がけた作品は数知れず。小学校の頃、教科書で読んだことはあるのだろうけど、詩というものに特に鈍感だった子供時代には、自分が「ああいいなぁ〜」と思う作品に出会うことはなかった。なにせ子供の頃に詩の意味を深く考えることもなかったからだ。大人になってくると、川柳やら最近では俳句やら、興味深い作品をメディアで触れることも多い。何れにせよ巨匠逝くという感じなのだろうか。誰でも時間は有限であるから、こうした著名人が生きた証というのは、作品を通じて今後も永久的にその人生が語られていくんだろうなぁ。

2024年8月3日 朝日 「老いや」「死」を考えませんか
高齢化進む大磯 フリーペーパー刊行

神奈川・大磯町で、福祉や介護を我がこととして考えてもらうためのフリーペーパー「Gee Ya : OISO(じーや おおいそ)が創刊された・・で始まる。初回のテーマは「あなたはどう死にたい」だそう。「老い」や「死」をタブー視しない土壌をまちに作ろうという趣旨だそう。

今では「終活」という言葉も一般名詞となり、テレビでもCMが打たれていたりするから、緩和という意味では少しずつは広まりつつあるのだろうか。
この企画・発行するのは社会福祉協議会に事務局を置く有志のチーム「るーたー大磯」で、高齢者福祉に関わるメンバーが40〜50代をターゲットにした情報発信を目指している様子。要は、定年後から亡くなるまで「老後」が昔より格段に長くなってきている割に、関心を持つ人が少ないということに問題提起した。自分も含めて元気なうちは ” まだまだ ” 的な気持ちが勝り、なかなか自分ごととして考えることがない。でもある日突然やってくるかもしれない事態に備えるというのは、人任せにしないで自分で決めていくことが肝要だと思う。

福祉関係に従事する人たちは、その利用者たちについて「本当に幸せだったのだろうか?」という疑問が現場ではふつふつと湧き上がると言っている。だからこそ、現役時代にこそ、自分の死の迎え方を考えるきっかけを作りたいと思うようになった様子だ。そうした模索をする最中に、福島県いわき市の地域包括ケア推進課が発行するフリーペーパー「いごく」(動くの意味)を知り、老病死の情報の積極的な掲載や入棺体験イベントなどの企画などを知ったという。そして目指すのは、誰もが老いていき、誰かの世話にならなければならないこと自体を当たり前にしたいという地域づくり。人口流入を狙って、子育て世代に優しい環境の提供については、必死になっている地域は多いとも思うけど、人の一生を預けることができる地域、託せる地域が今後当たり前になってくるのかもしれない。

大磯町では2040年には、65歳以上の人口が4割を超えると予想されているとのこと。公的な介護サービスの不足、家族の不在など色々な状況が想定されるのだろうか。高齢になった時に助け合える人のネットワーク作り。その為にも現役世代に老いて近所づきあいというものを復刻させようというもの。

「じーや」の命名は、海水浴場発祥の地とされる大磯で、海水浴客に泳ぎ方を教えたり、身の回りの世話をしたりした地元の案内人「じいや」から。

でも「よりよく死ぬこと」イコール「よりよく生きること」と結ばれているけど、全くその通りだと思う。生と死はセットだから。
今法華経の本(文庫)を読んでいるけど、改めて生と死はセットなんだと思うことが多い。タウン誌が新聞に折り込みで入ってくるけど、どうやら最近はほとんどの広告が葬儀斎場によるものが多い。価格訴求的な広告も多い気がするけど、それよりも、死に向かって何が必要なのか、何を考えておかなければならないのか、などなど自分ごととして考えておきたいとは思う今日この頃ではある。

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